2024年9月7日
※文化時報2024年6月28日号の掲載記事です。
臨済宗妙心寺派龍津(りょうしん)寺(静岡市清水区)の勝野秀敏住職は、地元小学校と連携して学習教室や地域食堂を開き、憲法に保障された幸福に生きる権利や平和主義の大切さを、子どもたちに教えている。憲法の理念が仏教の教えにもつながっていると考えるからだ。世界中で紛争が絶えない今だからこそ「全ての人が平等で平和に生きられる社会を願い、少しでも役に立ちたい」と、さまざまな社会活動に取り組む。(山根陽一)
JR東海道線興津駅の北約5キロ。茶畑やみかん畑が広がるのどかな地に、龍津寺がある。
今月8日午前8時過ぎ、近隣の子どもや親たち約40人がやってきた。毎月2回開催する「土曜子ども寺子屋」だ。学生やボランティアも参加し、地域住民の支援で成り立つ学習教室で、通常の科目の他に「生き方」を教えている。
最も重視するのが日本国憲法の理念だ。第13条に定められた個人の尊重、幸福追求権、公共の福祉といった考え方について、勝野住職は「性別や障害のあるなしにかかわらず、人は幸せに生きる権利を持つことをまず知ってほしい」と話す。その上で「どんな人にも同じ目線で接し、差別してはいけない。お互いに認め、幸福を分かち合う気持ちを持ってほしい」と強調する。
地域食堂の「分福食堂」は、こうした理念を反映して幅広い年齢層が参加する。調理ができない人は配膳し、食べるだけの人は笑顔を提供する。そんな福を分かち合う食堂だ。2019年には静岡県社会福祉協議会が主催する「ふじのくに地域共生大賞優秀賞」を受賞した。
勝野住職は、第9条の平和主義も大切にするよう伝える。ロシアによるウクライナ侵攻や、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエルの紛争などを受け、中には「日本も軍備を増強しなければならない」と考える子もいる。
そんな時、勝野住職は「君のお父さんが戦争に行って、敵と戦うことを想像してみよう」と語り掛ける。大抵は思い直すという。
勝野住職は高校生の時、自坊の住職だった父親を亡くした。大黒柱を失い、途方に暮れてひきこもり状態になった。自死を考えたこともあったという。
友人に励まされて立ち直った後、倫理社会の授業で憲法に出会った。「『すべて国民は、個人として尊重される』という第13条が原点になった。どんな人間も幸せになっていい。それを担うのが住職の仕事で、仏教の教えそのものだと悟った」と振り返る。
大学卒業後、龍雲寺(東京都世田谷区)や大本山妙心寺山内の妙心僧堂(天授僧堂、京都市右京区)で修行し、2004(平成16)年に龍津寺住職になった。開かれた寺院を目指し、学習教室や食堂のほか、坐禅、写経、御詠歌、ヨガ、米国発のエクササイズ「ジャイロキネシス」などを幅広く行う。
今年3月には社会福祉士の資格も取得。県内の大学とも連携し、活動範囲をさらに広げていく計画だ。
勝野住職が力点を置くもう一つの活動が、傾聴だ。
16年に臨床宗教師=用語解説=の資格を取得し、緩和ケア病棟などで看護師らと連携して患者と接している。「必要とされる時、すぐに行けるような宗教師でありたい」と語り、看護師にもさまざまなアドバイスをする。
静岡市内の総合病院の看護師、野呂瀬静さんは「終末期の患者への対応で無力感に苦しむ看護師は多いが、勝野住職は『そばに寄り添うだけで力になる』と説いてくれる。そうした助言は医療従事者の励みになる」と語った。
勝野住職が注目しているのは、慈悲や思いやりと訳される「コンパッション」に根差して地域をつくる「コンパッション・コミュニティ」だ。「どんな立場の人でも、自分の殻に閉じこもったり、悩みを吐露する場がなかったりするときがある。お寺や僧侶に求められるのは、そうした孤立を防ぐことだ」と力を込めた。
【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
被災者やがん患者らの悲嘆を和らげる宗教者の専門職。布教や勧誘を行わず傾聴を通じて相手の気持ちに寄り添う。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、18年に一般社団法人日本臨床宗教師会の認定資格になった。認定者数は24年4月現在で210人。