2025年8月4日 | 2025年8月5日更新
※文化時報2025年5月20日号の掲載記事です。
娘との関係で悩んでいるお母さんからの相談が続いています。親になったことがない私にとっては、最も理解が難しい問題の一つです。

「どっちもどっち」と言えばそれまでですが、「どちらの言い分にもうなずける」となると、どうしていいのか分からなくなります。そんな時は気の利いたアドバイスをしようとは思わないで、ただひたすらに気持ちを聞き続けるしかありません。
その時に注意しなくてはならないのが、一方がもう一方に「三浦さんもそうだと言っていた」と、こちらが同調したかのように捉えられることです。双方からそのように受け止められると「どっちの味方なの?」と責められてしまうこともあります。
母娘だけに限らず、家族の間に入って話を聞くのはとても難しいことです。同時に、いろいろな家族関係があることにも驚きます。
配偶者の親などは分かりやすいですが、異父や異母の兄弟姉妹もこんなにいるのかと驚く毎日です。それに元妻や元彼などの話が出てくると、図に書いてもなかなか一度では頭に入ってきません。話している本人は顔を思い浮かべて話をしていますが、こちらはAさん、Bさんと記号で書いていきますから余計に頭が混乱してきます。
こうしていろいろな家族関係に出会っていくと「血は水よりも濃い」という言葉には少々ハテナ?と思えてきます。夫婦は血縁関係ではない場合が大多数でしょう。それでも血のつながった親子よりも強い絆があったりするのではないでしょうか?
「家の宗教から個の自覚の宗教へ」をスローガンに真宗大谷派で同朋会運動が始まってから60年以上がたっています。その意味がますます重要になってきているように思います。私は福祉現場を通じて見てきた家族関係から「家の宗派」にそれほど大きな意味を感じていません。それよりも、どの宗教者と出会うかが重要だと思っています。
出会いを求めて医療や司法の現場にも出掛けていくのが私のスタイルです。それが福祉仏教ではないか、と考えています。