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インタビュー

橋渡しインタビュー

ラジオの世界で、障害ある娘と歩む 林ともみさん

2025年3月5日

 愛知県瀬戸市の林ともみ(本名・池戸智美)さんは、地元で人気のラジオパーソナリティー。染色体疾患21リングモノソミーで生まれてきた長女、美優さん(28)の母親でもある。家族総動員で娘の介助をしながら、コミュニティーFM「ラジオサンキュー」で福祉番組「ともみとともに」を担当し、心のバリアフリーの浸透を目指して発信を続けている。

 21リングモノソミーは美優さんが生まれた当時、報告事例が世界で100人ほどしかないといわれるまれな疾患だ。通常の21番染色体は2本の棒状だが、美優さんの場合はそのうちの1本が上下で欠損し、端と端がつながって丸くなっている。


林ともみさん(左)の一家
林ともみさん(左)の一家

 普段の移動は車いすで、手をつなげばゆっくり歩くことができる。食事は咀嚼(そしゃく)が難しく、硬いものは食べられない。会話ができないため、「はー」と漏らす声を聞き取り、意思疎通を図る必要がある。身長127センチ、体重23キロと小柄だ。

 家族の愛情をたっぷり受けて育ってきた美優さんは、現在は日中、生活介護事業所に通所している。林さんはその間、自身が「生きがい」と語るラジオパーソナリティーをメインに、イベントの司会やナレーターとしても仕事をしている。「いつまでもこの状況が続くとは限らないので、今は与えられたお仕事を丁寧にお受けし、地域に貢献できればうれしいです」と穏やかに話す。

丸いものを見るのがつらかった

 産後すぐに片肺が破れ、数日間生死をさまよった。林さんは夫と共に、命だけは救ってほしいと祈ったという。


生まれた直後の美優さん
生まれた直後の美優さん

 一命を取り留めたが、生後1カ月の時に21モノソミーと宣告され、ショックを受けた。症例が少ないことからどう成長していくのか未知数だった。

 4月に退院し、本格的に子育てが始まった。妊娠中から通っていた胎教教室では、同年代の女性たちが出産を終えて乳児を連れて来る。美優さんの障害と比べると、歴然とした差を感じた。

 何よりつらかったのは、丸い形をした物を目にすることだった。「当時はなんで娘の染色体は丸いのかと考えては落ち込み、お皿、コップ、ボタン…と、世の中にはこんなに丸い物があるのかと初めて思いました」

 林さんは娘を連れて療育を受けるために、スケジュールを詰めることで気持ちを抑えようとした。だが、美優さんの体調は不安定で通うこともままならない。

 2001年夏、出産前までリポーターをしていた岐阜県内のラジオ番組から「復帰しないか」と声が掛かった。林さんは出産するまで岐阜県内の放送局で働いていたのだが、リポーターの一人が不慮の事故に遭い、急遽(きゅうきょ)後任を探していたという。

 その頃、美優さんは4歳。生後7カ月の長男もいた。到底引き受けられないと諦めていたが、タレント業を営む夫から「今、戻らなければ」と後押しされた。それなら彼女が戻るまでの間のピンチヒッターで、と引き受けることにしたが、復帰1週間前に後輩は亡くなった。

 「さぞかし無念だったことでしょう。彼女の思いを受け継いで、どんなに苦しくても絶対自分からはやめないと決めました。番組は8年間続き、終了した際にはお墓参りをして報告しました」


ラジオが生きがいと話す
ラジオが生きがいと話す

 仕事を継続する一方で、自身が所属していた障害のある子の親の会や、美優さんの染色体疾患についての取材を受ける機会があった。だんだんと福祉関係の発信が多くなった。

 ラジオサンキューの「ともみとともに」も、福祉番組を作りたかった局の意向と合い、林さんの大事なレギュラー番組になった。また、新聞にコラムを連載していて、美優さんとのこれまでの人生を紹介している。娘の障害を通して、新しい出会いに恵まれたのだという。

障害があっても選挙へ行く

 大人になってから美優さんが欠かさず行っていることがある。選挙だ。

 国政選挙の投票率は20代の若者が最も低いといわれているが、「国民である以上は一票を大事にしたい」と、林さんは考えている。

 選挙前には、候補者のポスターに掲載されている顔写真を全員分撮影し、ラミネート加工した名刺サイズのカードを作成。投票所では、代理投票の職員が机の上にカードを並べて、美優さんが投票先を選ぶ。以前はカードの持ち込みができなかったが、最近は合理的配慮の一環とされ、可能になった。


投票の記念に
投票の記念に

 林さんは「たとえ白票だったとしても、行くことに意味がある」と話す。試しに約30人の候補者カードの中に、夫の顔写真を候補者風に撮影して交ぜたところ、美優さんは一瞬で分かったという。

 「身近なところに議員さんがいて、会うたびにあいさつしたり、話しかけてくださったりすれば、娘も自然と顔を覚えて投票する際に選ぼうとするのでは。重度の障害があっても、意思は必ずあると思います」

 障害のある人にとって、選挙に行くというハードルはまだまだ高いかもしれない。それでも林さん親子が工夫しながら、熱心に投票所へ行く姿は、福祉と政治の世界に一石を投じている。

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