2025年6月11日
音楽ユニット「たか&ゆうき」について、福祉仏教for believeではこれまで彼らの音楽活動を追いかけてきたが、今回は日常にまつわる大切な出会いを紹介。筋萎縮性側索硬化症(ALS)=用語解説=患者の「たか」こと古内孝行さん(45)に寄り添う重度訪問介護員、鈴木貴博さん(47)に焦点を当てる。
たかさんと鈴木さんの出会いは2023年11月。たかさんが肺炎になり緊急入院したことがきっかけだった。退院後は週に1度、鈴木さんが午前8時〜午後4時まで支援に入るようになった。
常に姿勢が良く、きびきびと動き、気配りを欠かさない鈴木さんに、たかさん夫婦も信頼を寄せている。
鈴木さんの一日は、午前8時にたかさんの自宅を訪問するところから始まる。ベッドで横になるたかさんにあいさつし、体調を確認。保温タオルで顔を拭いた後、酸素濃度を測り、点薬を行う。
その後は車いすへの移乗、朝食の準備と介助に移る。歯みがきやトイレ介助を含めて、あっという間に1時間が過ぎていく。
朝食後は車いす用のテーブルにタブレット端末を置き、たかさんがメールや会員制交流サイト(SNS)をチェックするのを見守る
午前中は病院の付き添い、荷物の受け取りや料金の支払い、短時間の買い物など、日によって依頼される内容が異なる。
昼食は、たかさんの希望を聞いて鈴木さんが調理する。パスタやチャーハンなどが多く、午後はテレビを見ながら静かに過ごす。
午後3時頃、妻の一美さんが仕事から帰宅すると、すぐに入浴介助を開始。風呂場で体を洗うのは一美さんが担当し、鈴木さんは服の着脱や移乗を介助する。これで、一日の支援は終了。鈴木さんは次の訪問先へ向かう。
「最初は緊張していたけれど、今は支援が楽しいです」と、鈴木さんは明るく話す。
たかさんも「当初は控えめな印象を受けたけど、今は打ち解け合い、同年代でもあるので安心感があります」とほほ笑んだ。
重度訪問介護員が入ることで、子育てもある一美さんの負担は軽減され、その日は仕事や家事に専念できるという。「鈴木さんは、私の体調まで気にかけてくれてありがたいです」と、一美さんも頼りにしている。
鈴木さんは東京都北区出身。現在は埼玉県川越市で暮らしている。小学6年のとき、腎臓が悪くなり入院したことから、医療・介護の道に関心を持ったという。高校卒業後は介護士になろうと専門学校へ進学した。
同じ頃、同居していた祖母が亡くなった。晩年は認知症になり、家事もままならなくなっていた。大好きな祖母の様子が変わっていき、つい冷たい言葉を投げつけてしまったこともあったと鈴木さんは振り返る。
「祖母にできなかったことを、今度は利用者さんたちのために行おう」。そう誓って、どんな人にも寄り添う介護を忘れないという。
たかさんとの出会いは、鈴木さんにとっても転機となった。仕事にはプロ意識を持って臨んでいるが「家族のように受け入れてくれることが、原動力になっている」と語る。
重度訪問介護では、医療的ケアの必要性が高く、たんの吸引や胃ろうの管理などが求められる。臨機応変に動ける能力が必要とあって、利用者だけでなく家族との関係を構築する力も問われる。
利用者に強いこだわりがあったり、家族との関係が難しかったりすると、重度訪問介護員が定着しない。鈴木さんは「僕自身もたびたび大変なことはありますが、諦めずに向き合う根気強さが大事だと思う」と話す。
一方で鈴木さんは、利用者や家族に対し「さまざまな支援者がいるので、最初はうまくいかなくても気長に見守ってほしい」と呼び掛ける。互いに信頼関係を築くためには、どちらも思いやりが重要だ。
ALSは進行性の難病だ。
鈴木さんは、このまま病状が悪化しないことを願っている。だが、もし気管切開などの医療的処置が必要になったとしても、「そのときは僕に任せてくださいという気持ちでいる」と力強く語る。
これまでにも、ALS患者を担当したことがあった。支援がうまくいかず、悩んだこともあったが、学んだこともたくさんあった。
これからもたかさんとタッグを組み、介護の枠を超え、家族の一員のように、関係が長く続けばというささやかな願いがある。医療的ケアだけでなく、暮らしそのものを支えていくという覚悟を、鈴木さんは胸に秘めている。
【用語解説】筋萎縮性側索硬化症(ALS)
全身の筋肉が衰える病気。神経だけが障害を受け、体が徐々に動かなくなる一方、感覚や視力・聴力などは保たれる。公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センターによると、年間の新規患者数は人口10万人当たり約1~2.5人。進行を遅らせる薬はあるが、治療法は見つかっていない。