2024年12月26日
福祉仏教for believeでおなじみの音楽ユニット「たか&ゆうき」が11月24日、念願の音楽フェス「MOVE FES.2024」にスペシャルゲストとして出演した。一般社団法人WITH ALSの代表理事で筋萎縮性側索硬化症(ALS)=用語解説=患者の武藤将胤(まさたね)さん(38)が総合プロデューサーを務め、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂、東京都渋谷区)に著名なアーティストらが集結。豪華なステージとあって、2人は興奮して当日を迎えた。
「MOVE FES.」は2016年から開催しており、今年で7回目。ALSの「たか」さんこと古内孝行さん(44)は約2年前から出演したいと願っており、メールや会員制交流サイト(SNS)で武藤さんにアピールし、チャンスをうかがっていた。
たかさんは今年2月、「2024年は勝負の年になると思う。遠出していろいろな場所で歌いたい」と話していた。その最大の勝負が「MOVE FES.2024」への出演だった。
そのために、6月には名古屋で開催された「世界ALSデー in NAGOYAみんなでゴロンしよう!」に参加。当日、介護福祉士の「ゆうき」さんこと石川祐輝さん(42)と共に、会場に来ていた武藤さんと初めて対面し「どうしても歌わせてほしい」とステージ袖で直談判。その後も気を緩めることなく歌い続けて、ようやく出演オファーを手にした。
本番前、受付で来場者を迎えるたかさんの表情には、緊張感があった。一方ゆうきさんは、プレゼントを開ける直前の子どものような顔を見せていた。
来場者には、車いすユーザーや介助者が目立った。今日のために何日も前から体調を整え、やっとの思いで会場にたどり着いた人も多かったとみられる。
著名なアーティストが出演する中、たか&ゆうきの出番は3番目。持ち時間はトークを含めてわずか5分だった。フルサイズでは1曲分も歌えない時間だ。たかさんが選んだのは「限りある時間(とき)の中で」。昨年6月に肺炎で入院した際、医師から気管切開を迫られたが、決断できずに自ら退院し、声を出せる時間はそう長くないと痛感した思いを、歌詞に込めている。
「病気のあるなしにかかわらず、人には限られた時間しかない。僕は残された時間を歌に注ぎたい」と、たかさんは音楽を軸に生きている。
午後6時半、ステージ袖から大きく手を振るゆうきさんと、車いすのたかさんが登場。満面の笑みでマイクの前に立ち、全身にスポットライトを浴びて、良質なサウンドが響きわたる。無名な彼らを、会場にいた観客が温かく包み込んでいるような感じだ。スクリーンには明るく歌う2人の表情がアップで映り、最後まで気持ち良さそうに歌い切った。
終了後、2人は「楽しかった」「緊張した」とあまり多くを語らなかったが、達成感で目が輝いていた。出演アーティストのKUROさん(HOME MADE家族)からは「歌がよかった」と声をかけてもらえたという。
音楽フェスはその後も続き、最新のテクノロジーの紹介やALS治療薬を研究開発する技術者たちのトークショー、ダンスパフォーマンスも行われた。武藤さん自身も「EYE VDJ MASA」というアーティスト名で、視線コントロールの技術を使って音楽とダンスを披露し、会場を驚かせた。
武藤さんは普段からパソコンの視線入力を使って楽曲制作や打ち合わせ、企画書づくり、アパレルデザインなどを行っているという。会場では武藤さんがデザインしたグッズが販売され、スタイリッシュなTシャツを着た来場者であふれかえった。
さらに、今年4月に独自開発した脳波ツールでロボットアームを操作。頭部に装着した電極が武藤さんの脳波を検知し、「手を振りたい」と集中して思うだけで、ロボットアームの手がスッと動いて滑らかに手を振った。武藤さんの過去の音声の一部で作られた人工音声は、視線入力により声が再現される新技術だった。
息継ぎする暇もないほど、午後8時半までさまざまなアーティストが会場を盛り上げ、最後に出演者全員が登場。武藤さんの誕生日を祝うバースデーソングを歌って、豪華なステージは幕を閉じた。
たか&ゆうきは会場を後にして颯爽(さっそう)と渋谷駅に向かった。打ち上げもせず、少しでも早く電車に乗って帰宅するという。ゆうきさんは乗り換え時に車いすマークのある車両を探し、瞬時に移動した。たかさんを安全に送り届けるまでが、2人にとっての音楽フェスだ。
特にイベントを振り返るような会話はしない。たかさんは、車内で立ったまま寝落ちするゆうきさんを横目に「ゆうきは空気と同じくらい、なくてはならない存在」とつぶやいた。
「MOVE FES.2024」はALS患者だけでなく、来場した全ての観客に強く訴えるものがあった。それは「体が動かなくても、心が動けば何でもできる」ということだ。
実際には、たかさんも武藤さんも難病によって体を思うように動かせない。しかし、自分たちが動き回らなくても、周りが一緒に動くことで、彼らの不可能を可能にできる。「想像したことは実現できる」ことを、改めて教えられた一日だった。
【用語解説】筋萎縮性側索硬化症(ALS)
全身の筋肉が衰える病気。神経だけが障害を受け、体が徐々に動かなくなる一方、感覚や視力・聴力などは保たれる。公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センターによると、年間の新規患者数は人口10万人当たり約1~2.5人。進行を遅らせる薬はあるが、治療法は見つかっていない。