2023年10月2日 | 2023年10月4日更新
東京都大田区の介護士、畑光美(はた・てるみ)さん(43)は、介護施設などに出張してメイクやネイルケアを行う「介護美容」に取り組んでいる。介護職として働きながら美容と写真を学び、2021年に「訪問介護美容はるめき~笑顔の種まき」を創業。その人らしい最高の笑顔をカメラに収めている。医療・介護だけではアプローチできない〝心のサポート〟が目標だ。
介護施設や個人宅を訪れ、メイクやネイルケア、手足のトリートメントなどを行うのが畑さんの仕事。中でもメイクのあと、いつもより明るい表情で写真を撮ってもらうメニューが人気だという。
利用するのは高齢女性が中心だが、男性から依頼されることも。所要時間は介護施設で約20分、個人宅だと1時間程度だという。「メイクの後、鏡の前でぱっと目を輝かせて、気分が上がっている方はたくさんいます。非日常を味わってもらえるのが、とてもうれしいです」
メイク中には、家族や施設の職員が知らないようなエピソードを聞くことも。若い頃の思い出を語ってもらうなど、コミュニケーションを大切にしている。「リラックスして、心地よく過ごしてほしい」と、介護士らしい視点で雰囲気づくりに気を配る。
活動は月3~4回。本業であるリハビリ型デイサービスでの勤務と子育てをしながら、できる範囲で精いっぱい打ち込んでいる。「休みは少ないけど、仕事をしている方が元気」と、充実した毎日を送っている。
畑さんは埼玉県所沢市生まれ。幼い頃までに祖父母は他界してしまったが、「おじいちゃん、おばあちゃんが大好き」と福祉系専門学校に進学。新卒で介護職に就いた。
病院で勤務し、たくさんの患者の世話をしながら業務をこなした。長男の出産後は子育てを優先し、家から近い職場を選んで転職。いったん介護から離れた。
4年前に、手を痛めてしまったことがあった。毎朝、起床時に「今日はどんなメイクをしようかな」と考えるのが日課というほど、メイクが大好きな畑さん。道具を持てずにメイクができない日々が続き、ストレスが募った。
ふと、以前勤務していた病院に入院していた女性のことを思い出した。病室から一歩も出たがらなかった患者だ。「もしかしたら、あの時に口紅を塗ったり、身なりを整えていたりしたら、病室から出てこられたのかも」。そう思い当たったことが、転機となった。
再び介護の現場に戻り、「高齢者の皆さんの心を前向きにしたい」と、訪問美容を志すようになったという。
畑さんは、利用者が亡くなった後に化粧を施す「エンゼルメイク」ができるようになることを目標にしている。普段から訪問美容を行ってきた利用者の家族から「最後は畑さんに」と、旅立ちの時に呼んでもらえるような存在になりたいという。
「できれば、どの方とも長くお付き合いをして、どんな色や雰囲気が好きなのかを知れたらと思います。お好きなメイクでお見送りさせていただくためにも、信頼関係を築いていきたいですね」
畑さん自身、すでにエンディングノートを書いている。自分に何かあった時には「この服を着せて欲しい」「前髪は下ろして」など、細かい希望を書き込んでいる。
「万が一、私が何も伝えないでいなくなったら、残された子どもは『これでよかったのかな』と考えてしまうかもしれない。でも、ノートを開けば母親が何を望んでいたのかが分かる。『親孝行ができた』と感じてほしいと思ったんです」
年齢を重ねてから改めて撮る写真は、遺影になることが多い。遺影と聞くとネガティブなイメージを持つ人がいるかもしれないが、生前に訪問美容で気に入った写真を撮ってもらう姿勢はすてきなことだと、畑さんは感じている。
介護士としての経験から、施設や自宅にこもり、狭い世界で過ごしがちな高齢者の小さな変化は、外部の人間だからこそ気付けるとも感じている。「訪問美容に携わる人が、施設と連携して利用者のカンファレンスに入れたら、介護現場がもっとよくなると思う」。そんな夢も描いている。