2022年9月3日 | 2022年9月27日更新
介護職一筋26年の谷本力也さんには、忘れられない出来事がある。
福祉の専門学校を卒業後、21歳で身体障害者施設に入職したが、大勢の利用者は常に職員の監視下にあり、自分たちが送る生活との違いにカルチャーショックを受けた。
ある時、女性利用者のAさんに、朝食のコッペパンを用意した。Aさんはパンが大好きで、「自分で食べたい」という思いが強く、その日もいつものようにパンをかじった。
だが、少し目を離した隙に、Aさんは喉にパンを詰まらせ、窒息してしまった。当時の谷本さんには対処の方法が分からず、苦しんでいるAさんをどうすることもできなかった。
Aさんは病院に運ばれたが、1週間後に亡くなった。谷本さんは周囲から「訴えられるのでは」と言われ、自暴自棄に陥ったという。
そんな谷本さんに声を掛けたのは、Aさんの家族だった。
「パンが好きな母に対応していただき、ありがとうございました。最期においしいものを食べてあの世に逝って、幸せだったと思います」
その言葉が、どん底にいた谷本さんを救った。
その後も食事介助で利用者が咳き込むと、恐怖心で手が震えた。「このまま介護職を続けていいものか」と何度も悩み、葛藤した。だが、そのたびにAさんの家族の言葉が頭に浮かび、踏みとどまれたという。
ケアマネジャーになって現場を離れた今でも、食事支援に力を入れる気持ちは変わらない。
今年5月、アンミッコでは「高齢者疑似体験セット」を導入した。職員同士で高齢者の体の負担や不自由さを体感するためだ。
「昔と比べて介護用品が充実し、いくらか楽になったはずなのに、介護をする側の心が追いついていない」。そう感じた谷本さんの思いから実施された。
参加した職員たちにとっては、入居者の気持ちを体感することで、日頃接するときの姿勢や態度、心掛けを改めて考え、共有する場となった。
「介護の基本技術も重要だが、多様な視点で物事を見る心も大切」と語る谷本さん。Aさんの家族から掛けられたあの言葉は、視点を変えるという意味でも、今に生きている。
>>支援することから逃げない 谷本力也さん㊥へつづく