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インタビュー

橋渡しインタビュー

タイ少数民族とコーヒー生産 矢野龍平さん

2024年4月5日

※文化時報2024年2月16日号の掲載記事です。

 株式会社アカイノロシ(京都市上京区)は、タイ北部で暮らす少数民族「アカ族」が作るコーヒー豆に生産から関わり、輸入・販売まで一貫して行っている。焙煎(ばいせん)所兼店舗Laughter(ラフター)では、矢野龍平CEO(27)が自らカウンターに立ち、多くの人にコーヒーと笑顔を届けている。持続可能な流通モデルは、どのように実現したのだろうか。(佐々木雄嵩)

タイでも人に恵まれて

 《龍谷大学政策学部在学中、ゼミ活動を通してアカ族の外国人技能実習生=用語解説=に出会い、現地のコーヒーに興味を持った。タイの山中に行き、自ら焙煎して入れたコーヒーの味に魅せられた》

――起業するまでのいきさつを教えてください。

 「大学3年だった2017年夏にタイを訪問し、帰ったのはちょうど周りが卒業後の進路を考えだす時期だった。所属していたゼミの先生の勧めもあって、同じゼミの三輪浩朔さん(現共同代表・Laughter西陣店店長)を誘い、学内のビジネスプランコンテストに出場したところ、準グランプリを取ったことで起業が現実味を帯びてきた。18年10月にアカイノロシを立ち上げた」

――起業までに大変だったことは何ですか。

 「豆の品質を見分けることが大変だった。コーヒーの知識が全くなく、タイから持ち帰った豆を抱えて、アポイントを取らずに自家焙煎の専門店に突撃した。『これでは売れない』と言われながらも懲りずに通って、産地や品種、焙煎や入れ方を一から教わった」

(画像①:丁寧な手仕事でコーヒーを入れる矢野CEO)
丁寧な手仕事でコーヒーを入れる矢野CEO

 「コーヒーと真剣に向き合うことの大切さを勉強させてもらえた。輸入手続きや資金繰りでもいろいろな人に迷惑をかけたが、何度も助けられてスタートを切れた」

――どのように品質の良い豆にたどり着きましたか。

 「タイのいろいろなコーヒー店を飲み歩いたり、農園に足を運んだりした。良い豆が全然見つからず、諦めかけたときに『これだ』と思う豆に出会った。その豆が採れる山と『チャーリー』という生産者の名前を頼りに駆け回り、聞き込みを続けて何とか捜し当てた」

 「すぐに輸入・販売を申し出た。美しい豆を作っていたことが一番の理由。契約を進めるために、何度も日本とタイを往復した」

――アカイノロシの社名の由来は。

 「アカ族との出会いから全てが始まった。あの豆が採れる山からのろしを上げて事業を周知する、という意味を込めた」

コロナ禍に翻弄され

 《起業2周年に合わせ、20年10月に焙煎所兼店舗のLaughter西陣店を構えた》

――開店までの2年間は何をしていましたか。

 「店舗を持たず、週末などにさまざまなイベントに出店していた。本格的な焙煎所が必要だと感じていたので店舗候補も探していたが、コロナ禍で全てが白紙になった。イベントが中止になり、卸売りも厳しい状況になって…。運転資金の底が見えて、本当に大打撃を受けた」

(画像②アイキャッチ兼用
キャプ:2022年11月に開店した賀茂川スタンド店。店内には芳醇(ほうじゅん)なコーヒーの香りが漂う)
2022年11月に開店した賀茂川スタンド店。店内には芳醇(ほうじゅん)なコーヒーの香りが漂う

――起業当初は社会起業家としてメディア露出も多かったと聞きます。

 「ソーシャルビジネスは注目されるから、起業時はちやほやされるし、人も寄って来た。でも、そういう人たちはすぐに離れていく。『社会起業家』という肩書だけでやっていけるのは最初の半年。大切なことは、事業をどう継続していくか。アカイノロシの理念やコーヒーを提供するまでのプロセスも大事だが、コーヒー自体のクオリティーで勝負できなければ何も残らない」

――行動することで道が開けました。

 「『何もしなかったら、何にもならない』と考え、店舗を持とうと動き出した。開店初日は、この2年間で出会った人、応援してくれた人が大勢集まってくれた。ほぼゼロからのスタートになったが、2年間で得たものはゼロではなかった。感謝があふれた」

 「もし、コーヒーの知識があったりもっと先まで見通すことができていたのなら、この仕事には携わっていなかったと思う。今があるのは、目の前の問題一つ一つに全力で取り組んできた結果なのだと、改めて気付かされた。うまくいかない期間があったからこそ『どうすればいいか』を考えることができた」

――店名は「笑顔」という意味ですね。

 「現地の農園に行った際、周りの農園主が自分の豆で作ったコーヒーを持ち寄ってくれて、輪になって飲み比べたことがあった。言葉は通じなくても、1杯のコーヒーを通して感情を共有し、みんなが笑顔になれる瞬間があった。あのときの光景が忘れられなかった」

気負わずできる社会貢献

――フェアトレード=用語解説=という言葉を避けていますね。
 
 「フェアトレードという言葉は聞こえはいいが、本来は当たり前のこと。良いものには適正な価格がついて当然だから。それに、支援する・されるという関係性も嫌い。だから私たちは『ダイレクトトレード』という言葉を使用している。生産者と対等な関係でありたいから」

――タイ産以外のコーヒーも扱っています。

 「アカイノロシのルーツはタイだし、それに支えられて頑張ってきたことは事実。しかし、タイのコーヒーに執着する気持ちはない。良い豆、良い生産者がいれば、ラインナップは増やす」

(画像③コーヒー豆
キャプ:ラインナップは仕入れ状況と豆の状態によって都度入れ替えている)
ラインナップは仕入れ状況と豆の状態によって都度入れ替えている

 「タイ産コーヒーのソーシャルビジネスというイメージから、アカイノロシの社会性を応援してくれる人がいるのも事実だし、こうした方針に疑問を持つ人もいるかもしれない。でも、結果としてタイ産の豆の需要は減らずに、かえって増えた」

――常連客の顔ぶれは。

 「西陣店は地域のお年寄りがよく来てくれる。若いお客さんが同じ席に座って話を楽しそうに聞いている。仕事をリタイアすると、社会とつながる場所は減ってしまうが、Laughterは『人と人がつながる場』になっている」

 「難しいことを考えなくても、この場があるだけで社会貢献できているのだと思う。人のつながりが生まれる場所、昔でいう軒先の感覚で、これからも多くの人に来てほしい」

【用語解説】外国人技能実習生

開発途上国の「人づくり」に貢献するため、技術や知識を学び、母国の発展に寄与してもらうための在留資格「技能実習」で来日した外国人のこと。名目上は「労働力として雇用するための人材」ではないとされているが、実質的には雇用の調整弁として受け入れられている。低賃金や長時間労働などの劣悪な労働環境が近年、社会問題になっている。

【用語解説】フェアトレード

発展途上国の農産物や日用品などを、適正な価格で継続的に購入する仕組み。立場の弱い生産者の労働条件や生活水準を改善して経済的な自立を促すとともに、環境保護にもつなげる。「公平(公正)な貿易」と訳される。

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