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インタビュー

橋渡しインタビュー

不登校だった自分は、絵を描き続けた 田村健さん

2024年11月13日

 東京都大田区の田村健さん(28)は自閉スペクトラム症(ASD)=用語解説=と診断され、小学6年生から不登校になった。ずっと好きだった絵を描き続け、フリースクールの先生との再会をきっかけに、企業や団体からポスターなどの作品の依頼を受けるアーティストになった。どのような転機があったのだろうか。

 自閉スペクトラム症は発達障害の一つ。コミュニケーションが苦手で、強いこだわりがあり、人の気持ちを読み取るのが難しい―などの特徴がある。興味や行動に偏りがあり、遺伝的な要因が複数関与して起こるといわれている。

アーティストの田村健さん
アーティストの田村健さん

 田村さんの絵は、全て手描きだ。筆とアクリル絵の具などを使い、明るい色彩とストーリー性を感じさせる人物画や静物画、風景画を描く。繊細で丁寧な線から生み出される人物の表情は、どれも笑顔で希望にあふれており、風景は四季の移ろいを細かく表現している。

田村さんの作品「ワクワクする未来へ!」
田村さんの作品「ワクワクする未来へ!」

 高校卒業後に障害者雇用で就職。2カ所目の会社でアート関連の部署に配属され、絵を描いていた。だが昨年、その部署がなくなり、苦渋の決断で今年1月に退職した。

 現在は就労移行支援事業所に通い、パソコンや画像ソフトの技能習得に励みながら、次の職場を検討している。

 私生活では、5年前に生まれ育った神奈川県横須賀市の実家を出て、グループホームで暮らし始めた。サポートを受けながら、数人の入居者と共同生活を送っている。

 作品制作は、アート関連のサイトを通じて2017年からオファーを受けてきた。そして20年に東京・吉祥寺で1日だけ開いた個展が、大きな転機となった。

 フリースクールでお世話になった先生が個展を訪れ、久々に再会。その先生が、横須賀市教育委員会に田村さんの話をしたことがきっかけで、教育長から直々に依頼を受けた。教育委員会がまとめる計画書の表紙を描いてほしいとのことだった。

「我がふるさと横須賀」
「我がふるさと横須賀」

 さらに、横須賀美術館で作品展が1カ月行われるというまたとないチャンスに恵まれた。他にも不登校に関するフォーラムのポスター制作などの依頼が舞い込んだ。

 「一生の宝物というような経験ができた」。田村さんはそう語るが、喜びの裏にはつらい不登校を経験した過去があった。

人間関係に葛藤する日々

 田村さんは1996(平成8)年生まれ。赤ん坊のころはミルクを飲まず、四六時中泣き続けるような子どもで、母親の手を焼かせた。

 小学校低学年の時は順調に過ごしたが、3年生のクラス替えのときに状況が一変。病院で診断を受けて自分の特性を知ったものの、学校では友達との会話に入れず、いじめを受けた。

 勉強も難しく、特に算数や体育が苦手だった。そんな中、心のよりどころとなったのが絵を描くことだった。

 「描いた絵は、よく褒めてもらえました。自分の心を保てたのは、好きなことがあったからだと思います」

 いつ誰と関係性が崩れるか分からないことを恐れ、常に神経を張り詰めて過ごしていたが、6年生の時に仲良くしていた子に突然冷たくされ、ショックで不登校になった。

 そうした時に出会ったのが、フリースクールの先生だった。物腰の柔らかな人で、気にかけてもらえているという安心感があり、話をしやすかった。

「冬の挨拶〜寒〜」
「冬の挨拶〜寒〜」

 中学校では普通学級と支援学級を行き来し、周囲となじめず憂鬱(ゆううつ)な3年間を過ごした。

 高校では、発達障害のサポート校へ進学。ようやく学校生活を送れるようになり、行事のポスターを率先して描いた。いつしか「絵で仕事をして食べていきたい」と考えるようになった。

 絵だと、言葉ではうまく伝えられない感情や思いを、素直に表現することができる。

 フリースクールの先生と再会したことで、自分の作品を理解してくれる人たちに出会い、活躍の場を与えてもらえた。「絵は自分と人をつないでくれる」と田村さんは話す。

「こんにちは」「ありがとう」を身に付けて

 少しずつ自分の世界を広げ、最近では発達障害のある人たちのサークルに入って、一緒に旅行に行く友達ができたという。
 
 「遅い青春が来たみたいで」と笑うが、好きな女の子に告白する学生の姿や、元気に走っている若者の姿が描かれている作品もある。「本当はこうでありたかった自分」を投影しているようにも感じられる。 

「好きだ。」
「好きだ。」

 発達障害のある子が不登校になって悩むケースは多い。田村さんなら、どう声を掛けるだろうか。

 「僕は『あいさつとお礼はしっかり言いなさい』といつも教えられてきました。社会人になってから職場の人間関係に疲弊したときも、あいさつとお礼を伝え続けたことで、風当たりが弱まったことがあります。自分の身を守るためにも、しっかり身に付けてほしいです」

 そのためには、まず大人が自分から率先する必要があるという。耳の痛い人がたくさんいそうな、大事な話である。

【用語解説】自閉スペクトラム症(ASD)

 コミュニケーションや対人関係の困難と、特定のものや行動への強いこだわり、限られた興味などの特徴がみられる発達障害。かつては自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などの名称で呼ばれていたが、アメリカ精神医学会が2013年に発表した精神疾患の診断基準(DSM)第5版からは自閉スペクトラム症に統一された。約100人に1人いるとされる。

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