2024年3月12日 | 2024年7月9日更新
▼インクルーシブ
障害の有無や性別などによって人々が孤立しないよう援護し、社会の構成員として包み込むこと。直訳は「全てを包む」「包摂的」で、「ソーシャル・インクルージョン」(社会的包摂)が語源とされる。
「インクルーシブ」という言葉は、現在では障害のある人を対象として使われることが多くなっています。障害のある人とない人を分けるのではなく、互いに歩み寄り、共に生きることができる「インクルーシブ社会」を目指す流れが生まれているのです。
「インクルーシブ社会」の実現のために重要となるのが、障害のある人への教育の普及と、雇用の拡大です。
障害のある人の教育と労働の権利は、「障害者の権利に関する条約(通称:障害者権利条約)」で認められています。
障害者教育について定められた第24条には「この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する」という一文があります。この「障害者を包容する教育制度」が、インクルーシブ教育とも訳され、現在の障害のある人への教育の基礎となる考え方となっています。
これは単に障害のある人に教育の機会を与えるだけのものではなく、障害のある人もない人も同じ教室で学習できることを目指すものです。
現在障害のある人に向けた教育の場は、幼稚園から高校までの障害を持つ児童を専門的に支援する「特別支援学校」▽小学校や中学校等の中に置かれ障害を持つ児童の支援を行う「特別支援学級」▽通常の学級に在籍しながら、一部特別な支援が必要な児童へ支援を行う「通級による指導」▽通常の学級の中で配慮しながら行う授業―などがあります。それぞれ対象とする障害の種類は異なっています。
障害のある人の労働・雇用について、障害者権利条約第27条では、原則として他の者と平等な権利を有することが認められています。これには「障害者に対して開放され、障害者を包容し、及び障害者にとって利用しやすい労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利」も含みます。
教育や雇用、その他の暮らしのどの場面でも重要となるのは、障害者本人と家族そして周りの人々が話し合い、それぞれの困難を取り除くことです。これを「合理的配慮」といい、インクルーシブ社会の実現への鍵となっています。
日本の障害者施策が本格的に始まったのは、戦後、日本国憲法が発布されて以降です。それまでは、窮民対策として打ち出された「恤救(じゅっきゅう)規則」で障害者も対象とされたり、精神障害者が警察に取り締まられたりするのみでした。障害者の生活は、行政や周囲の支援が及ばず、家族だけによって成り立つ「家族依存」のものだったのです。
その後、憲法に福祉が位置付けられたことから、身体障害者福祉法が制定されました。同時に学校教育法で、障害児への教育の機会が与えられるようになりましたが、その形態は障害のある人とない人で分けられていました。
1950年代から、世界的に「ノーマライゼーション」と脱施設化に向かうようになります。
ノーマライゼーションとは、「障害のある人がない人と同じような社会生活を送れるようにする」という考え方です。「障害のある人とない人がお互いに配慮する」というインクルーシブとはまた違った考え方ですが、日本ではこの考えすらも受け入れられませんでした。
この時期の日本では、時代に逆行し障害者施設が増えていきました。特に精神病棟が大幅に増加しました。教育も原則分離のままです。事態を見かねた世界保健機関(WHO)は1968年、いわゆる「クラーク勧告」で日本を非難しました。
日本にノーマライゼーションが普及するのは80年代に入ってからです。76年には身体障害者雇用促進法が改正され、法定雇用率制度が義務化されたことなども布石となりましたが、大きな要因となったのは、81年の国際障害者年や82年の障害者に関する世界行動計画などです。これによって国内での障害者福祉への関心が高まり、93年に障害者基本法が制定されます。
国際社会では、92年の国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)総会で「アジア太平洋障害者の十年」の提案が行われるなど施策が積み重なり、2006年に国連で障害者権利条約が採択されました。この条約により、障害者へのあらゆる差別が国際的に禁止されました。
こうして「『健常者』だけが暮らしやすい社会」から「誰もが暮らしやすい社会」への変革が進んでいったのです。
学校基本調査によれば、2023年度の小学校の児童数は約605万人(前年度比約10万2千人減)、中学校の生徒数は約317万8千人(前年度比約2万8千人減)と、どちらも過去最少です。高校の生徒数は過去最少ではなかったものの、291万9千人(前年度比約3万8千人減)と、減少傾向が見られます。
それに対して、同年度の特別支援学校の児童生徒数は約15万1千人(前年比約2700人増)で、過去最多です。そして通級による指導を受けている小学校から高校までの児童生徒数は、2021年度のデータで約18万3千人(前年度比約1万9千人増)となっています。
全体的な児童生徒数の減少と、特別支援教育を必要とする児童生徒数の増加に、教員の知見が追い付かず、適切な支援を行うことが難しくなっています。
これに対処するため、国立特別支援教育研究所では「インクルーシブ教育システム構築支援データベース(インクルDB)」(https://inclusive.nise.go.jp/)を作成しています。全国で実践されている教育の場面での合理的配慮事例の検索や、インクルーシブ教育に関する相談などを行うことができます。教員の方もそうでない方も、ぜひこの機会にご覧ください。
障害者の雇用についても改革が進んでいます。障害者の雇用の促進等に関する法律(通称:障害者雇用促進法)は、第43条で「一定以上の従業員を抱える事業者は、従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を、『法定雇用率』以上にする義務」を定めています。
現在設定されている法定雇用率は2.3%ですが、2023年度から段階的に2.7%まで引き上げられます。これにより、障害者雇用のさらなる拡大が見込まれます。
厚生労働省の2023年の集計によれば、民間企業に雇用されている障害者の数は全体で64万2178人と、前年より2万8220人増加しました。実雇用率は2.33%で、法定雇用率を上回っています。しかし、法定雇用率達成企業の割合は50.1%と全体の半数しかありません。さらに未達成の企業のうち、障害者を1人も採用していない企業は58.6%と過半数を占めています。
「誰もが暮らしやすい社会」を作るためには、実際に障害のある人々がどのような困難を抱えて生活しているのか、しっかりと共有していくことが大切です。事例に照らし合わせつつ、当事者との対話を重ねることで、初めて生活を改善することができるのです。