2023年4月30日
※文化時報2023年2月24日号の掲載記事です。
知的障害や精神障害のある人が健常者と共に職人として働く企業が、京都にある。靴磨きや革靴の修理・販売を行う「革靴をはいた猫」(京都市中京区、魚見航大社長)。龍谷大学深草学舎(同市伏見区)での障害者支援活動がルーツで、多様性の尊重や人間の可能性を追求する仏教精神が根底に流れている。魚見社長は「障害者の前向きな姿勢や実績を、多くの方に評価してもらっている」と話す。(山根陽一)
大丸京都店(京都市下京区)5階。ポロ・ラルフローレンなど一流ブランドと同じフロアに、昨年オープンした「革靴をはいた猫」の2号店がある。靴を磨いているのは、職人の藤井琢裕さん(31)。革の性質を知り尽くしており、薄汚れた靴を瞬く間にきれいにする。
藤井さんには、知的障害がある。同店には他にも障害のある職人と健常者の職人がおり、オフィスなどへの出張の靴磨きを含めて、年間約1万足の革靴を扱う。競馬の武豊騎手ら常連客も多いという。
「最近は靴を履きつぶす人が多いが、良質な革靴は磨いて修理することで、長く履き続けることができる」と魚見社長。「持続可能な開発目標(SDGs)=用語解説=にも合致するので、靴を長く履く文化を広めたい」と、仕事の意義を語る。
龍大カフェが発祥
「革靴をはいた猫」の発祥の地は、龍谷大学深草学舎の「カフェ樹林」だ。社会福祉法人向陵会と龍谷大学が連携して運営しているカフェで、魚見社長が学生時代、藤井さんと共に働いていた店でもある。
2013(平成25)年にカフェ樹林の店長になった河波明子さんは、障害者の将来を見据え、新たな仕事を探していた。飲食業や農業など試行錯誤を重ねていたところ、たまたま店を訪れた靴磨き専門店の店主から「障害者にもできる」と勧められた。
河波さんは、学生が修業に出向いて、習得した技術を障害者に教えるというプログラムを考案。当時、障害者の社会活動に取り組んでいた魚見社長が参加した。
「靴や革のことを知り、スキルを習得すると、ただきれいになってほしいという思いだけが募る。この思いは障害者も同じ。一心不乱に磨き続けることが健常者と障害者の連帯感につながる」
魚見社長は卒業目前の17年3月15日、「革靴をはいた猫」を設立。社名は猫がさまざまな困難に立ち向かう欧州の民話「長靴をはいた猫」にあやかった。
可能性は無限大
「革靴をはいた猫」は創業当初、出張靴磨き専門のビジネスだったが、2018年に市営地下鉄京都市役所前に店舗を構えた。
知的障害者や精神障害者にとって大きな壁となるのが、コミュニケーションだ。接客での苦労は常に付きまとうが、魚見社長は可能性がある限り諦めないという。
「カフェではポテトを揚げるだけで精いっぱいだった職人の藤井さんが、靴磨きを習得できた。一生懸命伝えれば必ずお客様の心に届くはず」と、辛抱強く接客を任せた。
藤井さんも「靴磨きができるようになって、うれしかった。新しいことを覚えるのは楽しい」と語る。最近は、東京の企業からの依頼で出張修理に出向く。当初は新幹線の切符を自分で買えなかったが、今では一人で全てをこなせるまでになった。
コロナ禍では外出とともに靴を履く機会が減り、経営が厳しい時期もあったが、「ウィズコロナ」で社会活動が戻れば好転すると考えている。遠方からの出張依頼や、他の企業とのコラボレーションの話もあるという。
「龍谷大学出身者には『全ての命は同じ価値』という仏教の教えが通底する。その思いを信じたからこそ、ここまでこられた。人間の可能性は等しく無限大です」。魚見社長は語った。
【用語解説】持続可能な開発目標(SDGs)
2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。15年に国連本部で開かれた「国連持続可能な開発サミット」で採択された。17の目標と169の達成基準からなり、誰一人取り残さないことを誓っている。