2024年10月3日
仕事以外で人間関係をつくってこなかった高齢男性が、デイサービスに通うのを嫌がるというのはよく聞く話だ。そうした男性たちの居場所として、男性向けデイサービスが増えつつある。中でも認定NPO法人「ぬくもり福祉会たんぽぽ」のデイサービス、田園倶楽部(埼玉県飯能市)は2005(平成17)年に開所した当初から、男性をターゲットにしてきた。利用者の日常を見学させてもらいながら、どのような工夫をしているのかを取材した。(飯塚まりな)
田園倶楽部は「地域の高齢男性が通いやすいように」と、施設内に運動器具やトレーニングマシンなどを用意。当初から運動目的で通所する人が多く、現在も利用者の半数以上は男性で、憩いの場になっている。
市内中心地から車で15分ほどの距離にあり、窓の外には広々とした田んぼと、ホタルがすむという里山が見えた。静かな住宅街が並び、昔から暮らす人も多い土地柄だ。
開所1年後の06年には介護保険法が改正され、介護を必要としない高齢者の〝水際対策〟として、生活機能を維持する目的で介護予防サービスが創設された。そうした流れにも、うまく乗った。
今年7月に施設長に就任した中山佳織さん(49)は、2008年入職。以来、田園倶楽部で長年にわたり介護職員として働いてきた。
日々、利用者に声かけや見守りを行いながら、利用者の意欲を引き出そうとしている。年齢を問わず、それぞれに役割を持ってもらう。「今日は仕事だ」と言って通所する利用者もいるという。
午前中は利用者たちのにぎやかな声がフロアにこだまする。各テーブルに4人ほどが集まり、マージャンや囲碁、将棋などを楽しみながら、頭をフル回転させている。
昼食時には自分たちで布巾を手にして、テーブルを拭く。エプロンと帽子を身に着けた当番の利用者4人が、カートを押しながら一人一人の席に食事を運ぶ。「どうぞ」と声をかけ、「ありがとね」と他の利用者がお礼を言う。
介護施設の食事は通常、職員が運び、黙っていても目の前に食事が出されるのが当然だ。そうした中、利用者たちは手際よく配膳し、生き生きしているように見えた。
食べ終わると、下膳は各自が行う。ゆっくり歩いて片付けるのを、職員がそばで見守る。できる限り自分たちの手足を使って動いてもらうよう促しているという。
田園倶楽部はまた、リスクが伴うことをちゅうちょせず、外出プログラムを盛んに行う。あえてバリアフリーではない場所へ出かけては、階段の上り下りや長い距離の道を歩くなどするという。
利用者の家族も呼び、バーベキューや旅行などで親睦を深める会などを定期的に実施。施設だけの関係にとどまらないところに特長がある。
「利用者さんを転倒させないことはもちろんですが、転倒しない体づくりをすることが最も大事です。全ての行動が機能訓練につながっていますし、一緒に行動する介護職員たちも介護の技術を上げる絶好の機会になっています」。中山さんはそう言って笑顔を見せた。
利用者に配布するお便りに、レクの一覧表が掲載されている。中には「〇〇さん家のおやじの屋台」「〇〇さん家のカメラ隊」と、職員の名前が入っているプログラムがある。
「おやじの屋台では、男性職員が男性利用者だけを集めて料理教室を開きます。別の日には『〇〇さん家のかあちゃん食堂』と題して、女性だけの料理教室をします。メイクや音読サークルなども、職員の特技や趣味を生かしています」
中山さんによれば、こうしたレクには職員の離職率を下げるという効果もあり、田園倶楽部では長く勤める介護士が多いとのこと。利用者だけでなく、職員も自分の好きなことで喜んでもらえることが、仕事のやりがいにつながっているという。
リーダーの岩本春見さん(50)は4年前に入職し、介護職デビューが田園倶楽部だった。前職は和裁の職人だったが、子どもの成長と共に転職を決意。一人で行う仕事からチームで働く世界に飛び込んだ。
「介護士になってから『全てお手伝いすることが優しさではない』ということを知りました。仕事は楽しくて、子どもたちにセカンドキャリアで働く母親の姿を見てもらえたらと思っています」
リーダーになって日はまだ浅いが、職員同士で思いを共有しながら、お互いの方向性を合わせることが課題だと感じている。施設長の中山さんを中心に田園倶楽部を支えていきたいと、意気込みは充分だ。
「介護職を選んで良かったです。いろいろな方の人生に触れて、失敗談も成功体験も知ることができました。ご高齢の方とお話しをすると言葉の重みが違うのです。利用者さんの生き方を見て、勉強させてもらい、元気をもらっています」
田園倶楽部では帰る間際に、職員全員と利用者が握手をしてから送迎車に乗るのが日課だ。
一日でも長く住み慣れた自宅で過ごしてほしい、また次回も元気に会えるように―。職員たちはそうした願いを込めて手を握り、一人一人を優しい気持ちで送り出している。