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インタビュー

橋渡しインタビュー

就職よりも心の教育を 山下望さん㊤

2023年1月12日

 社会福祉法人南風会(東京都青梅市)は、障害者支援施設「青梅学園」や障害福祉サービス多機能型通所施設「かすみの里」などの運営を通じ、就労継続支援B型事業=用語解説=と生活介護事業などを幅広く手掛けている。理事で「かすみの里」施設長の山下望さん(64)は、幼少の頃から障害のある子どもたちときょうだいのように育ってきた。その経験から、就職よりも心を養うことを目指す学校教育が必要と考えている。

かすみの里施設長・山下望さん
かすみの里施設長・山下望さん

 山下さんは、1957(昭和32)年に青梅市で生まれた。小学校に入学すると、埼玉県の障害児福祉施設で職場結婚していた両親が独立し、青梅学園を設立。3年生になった頃には、両親とも学園に住み込みで働くようになり、自宅に帰ってこなくなった。

 親代わりとなった祖父母から、愛情いっぱいに育てられ、父と母の顔が見たいときは学園に会いに行く。少し特殊な幼少期を過ごした。

 当時の青梅学園は成人ではなく、障害児を受け入れていた。山下さんは、朝食を学園の子どもたちと共に食べ、学校に行くこともあった。小学生ながら、障害児は賢いと思っていた。

 「朝ご飯を食べ終わると、僕は近所の小学校へ。施設の子どもたちは、特殊学級のある隣町の小学校へ通っていました。彼らが定期券を持ってバス通学する姿を見て『すごいな』と思っていました」。健常の子どもが一人でバスに乗るよりも、よほど早い年齢から自立しているのではないかと感心していたという。

コロナ禍で室内で納涼祭を実施
コロナ禍で室内で納涼祭を実施

 子どもの頃から歴史や地理に興味があり勉強熱心だった山下さんは、東洋大学に進学。社会学部で福祉について深く専門的に学んだ。

 卒業後は、特別支援学校の教諭として学校現場で働いた。研修などに意欲的に参加し、教育課程を書き直して学校全体の方針を変えるなど、エネルギッシュに働いた。4年後、もっと自分を成長させたいと、両親が立ち上げた青梅学園へ転職した。

 「自分のわがままな部分が仕事に出てしまい、先輩たちに指導されて、直していただいた」と、若かった頃の自分を振り返る山下さん。青梅学園で現在の妻と出会い、子宝にも恵まれた。2003(平成15)年には青梅学園の第3代施設長に就任し、両親が立ち上げて守ってきた大切な施設を受け継いだ。

ぬくもりと神聖さと

 青梅学園は現在、18歳以上の知的障害者の入居施設になっている。日頃は10人ほどのグループに分かれ、能力や体調などに応じて、塗り絵や貼り絵、紙すきを行う。

 入居者たちは新型コロナウイルスの影響で、最近ほとんど家族とは会えていない。時に笑い、涙し、感情を炸裂させる場面もありながらも、一人一人が職員に見守られ、支えられながら過ごしている。

 2021(令和3)年には学園の建て替え工事が行われ、今まで以上に住みやすい近代的な施設に生まれ変わった。

ときどき利用者の様子が見えた
ときどき利用者の様子が見えた

 夕暮れ時に中庭から学園を見上げると、大きな窓に電気がともされた。「外から青梅学園を見る時は夜がおすすめです」と山下さん。ぬくもりのある明かりの中に、利用者が椅子に座っている様子や、職員に手を引かれゆっくり歩く姿が見える。日常でありながら、どこか神聖な空間のようにも感じられる不思議な建物だ。

私は私のままでいい

 山下さんは現在、関東地区知的障害者福祉協会の会長と、NPO法人東京都発達障害支援協会の理事も兼務している。障害福祉の現場からの要望を、政策に取り入れるよう国に訴えるなど、多忙な日々を送る。

 先日は、日本特殊教育学会で、大学教員や研究者を前に、障害児教育について話す機会があった。

 「教育現場では生徒たちに自分を信じる力を与えてほしい、と話しました。彼らはいつも知恵が足りないと言われ続け、周りもそういう目で見てしまう。決してそんなことはありません。『君は君で輝いているよ』と伝えてほしいのです。『私は私のままでいいのだ』と知ってほしいのです」

 生徒の中には「頑張れ、やればできる」と言われ続け、助けを求められない子どももいるという。山下さんは、自分から声を発し、周りの人間に頼って助けてもらうすべを身に付ける指導を望んでいる。

利用者の写真がたくさん掲示され明るい活動室
利用者の写真がたくさん掲示され明るい活動室

 「昔と違って今は、特別支援学校でも教科教育に力を入れ、国語や算数を丁寧に学べるようになりました。他にも、日頃から自然を愛する気持ちや優しく人に接する心、人間力を養ってほしいと思います」

 障害があっても社会に出て働く人間に育てる、という考え方は根強い。

 たしかに働くことは大切だが、それは大人になってからでも十分。学校に通う間は、就職を第一目標とせず、まずは自分や周りを大切に思う心を養って、勉強に励むことが必要だと山下さんは考えている。

 山下さんはクリスチャンとして信仰を持つ。「聖書に書かれていますが、イエス・キリストは弱い人のそばで寄り添い、助けていました。目の前の人を大切にすることが、私たちの理念でもあり、困っている人がいたらできる範囲で手を差し伸べたいのです」と語った。

広々とした浴室
広々とした浴室

 社会福祉法人南風会の理念でもある「目の前のあなたを大切にします」は、利用者や職員を優しく温かい気持ちで受け入れ、施設の運営に関わる全ての人たちに向けて発している。それは、山下さんが現在施設長を務める「かすみの里」でも同様だ。

【用語解説】就労継続支援B型事業

 一般企業で働くことが難しい障害者が、軽作業などを通じた就労の機会や訓練を受けられる福祉サービス。障害者総合支援法に基づいている。工賃が支払われるが、雇用契約を結ばないため、最低賃金は適用されない。

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