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インタビュー

橋渡しインタビュー

盲導犬との出会い、そして別れ 福井恵子さん㊦

2023年3月27日

 視覚障害のある埼玉県入間市の福井恵子さん(73)は、子どもたちが実家を離れたのを機に、盲導犬と暮らすことを決めた。実際に盲導犬を迎え入れるまでには、かなりの訓練が必要だった。

 まず、日本盲導犬協会神奈川訓練センターで1カ月間寝泊まりし、訓練犬と共同生活を送らなければならなかった。

 パートナーとなる犬との歩行練習から始まり、動物行動学、犬の生態や世話の仕方、病気についてなど、さまざまなことを学ぶ。センターでの訓練が終了すると、訓練士と犬と共に自宅に戻る。

 家に戻っても、休む間もなく盲導犬と家の周りを歩き、道を確認した。

盲導犬の世話は子育てに通じるという
盲導犬の世話は子育てに通じるという

 「当時は大変でした。特に〝ワンツー〟のリズムが難しかったです」と福井さんは振り返る。

 ワンツーは排泄(はいせつ)のことで、ワンが尿、ツーが便の意味。盲導犬にトイレの場所や排泄のタイミングなどを理解させなければならない。

 入間市初の盲導犬ユーザーになった福井さんは、周囲から注目される存在になった。自分の行いで盲導犬に対するイメージダウンがあってはならないと、常に気を張っていたという。

 福井さんは成功例となり、現在では市内にピーチ以外にも2頭の盲導犬が暮らしている。

 自宅での盲導犬は、ハーネスを外し自由に動き回る。家族の一員として過ごしている。いたずらをしたり、シャンプーの後にドライヤーから逃げて姿をくらましたりもする。

福井さんが機織りをする横で静かに待つピーチ
福井さんが機織りをする横で静かに待つピーチ

 福井さんにとって初めての盲導犬は「カレン」号だった。「犬にしておくにはもったいないほど優秀」だったが、やんちゃでいたずらっ子な一面もあった。

 「欲しくて、欲しくて、たまらなかった子。一緒に歩くのがうれしくて楽しかった!」と、人間の子どもを授かったような口ぶりで福井さんは振り返る。

 楽しい時間を共有したカレンとの別れのシーンは、福井さんの脳裏に鮮明に焼き付いている。

 出会って8年目。カレンはお気に入りの服を着てご機嫌だった。引き渡し場所の横浜へは夫も付き添い、福井さんが丸暗記した頭の中の地図を頼りに移動した。最寄り駅から横浜までの道のりを、カレンは指示通りに連れて行ってくれた。

 いつものように役割を果たすためせっせと歩くカレン。「そんな日に限って早く着いちゃうんですよね…」。別れの瞬間、訓練士に連れて行かれそうになったカレンは驚き、何ごとかと夫婦を追いかけてきた。

 「もう少し一緒にいますか?」。カレンの様子を見た訓練士から尋ねられたが、福井さんは心を鬼にして引き渡した。

 同じ会場には、すでに2頭目のパートナー「ネネ」が福井さんを待っていた。カレンへの未練を断ち切れないまま、これから生活を共にするネネと帰宅した。

信頼関係を築いて出発式へ

 ネネと一緒に暮らして1年後、「出発式」というセレモニーがあった。カレンの時にはなかった式典だった。盲導犬とユーザーとの新たな門出を祝い、未来へ前向きに歩んでほしいという願いが込められている。

 式典の会場は、新横浜のホテルだった。この日はガイドも訓練士も同行せず、ネネと福井さんだけで遠出をした。想像以上に覚悟が必要だったが、福井さんとネネはお互いの信頼で乗り切ることができた。

 ネネは5年間、福井さんのそばで寄り添った。商業施設での募金活動など地域ボランティアでも積極的に活動した。

「2人で一人前」

 そして現在の盲導犬「ピーチ」は、2015(平成27)年からパートナーを務めている。自分から「こんにちは」とあいさつするほど愛想が良く、大らかな性格。小・中学校での講演やコロナ禍での散歩にも出られたのは、ピーチのおかげだった。

 「健常者なら当たり前にコンビニやスーパーまで歩き、買い物して1人で帰ってこられます。でも私たちは2人で一人前。ピーチと力を合わせて、目的地にたどり着き、安全に帰ってくる。その目的を無事に達成することが喜びにつながる。毎日がその積み重ねです」と、福井さんは話す。

盲導犬を希望する人へ

 最後に今後、盲導犬を希望する人に伝えたいことを聞いた。

かわいい服を着て、みんなに愛されるピーチ
かわいい服を着て、みんなに愛されるピーチ

 「私自身は盲導犬に出会えてすごく良かったです。ただ、命に対して責任があるので、暑いときも寒いときもパートナーのことを一番に考える必要があります。盲導犬の世話はユーザーが全部行うので、憧れだけではなく共に生活する覚悟が必要です」と、福井さんは語った。

 盲導犬との生活では、お互いができないことを補い合って、徐々に絆ができていく。

 21年前、初めてカレンと出会った日から、福井さんの人生は大きく変わった。

 学生時代から視力の低下で悩み、子育て中に失明し、同時に失ったものがいくつもあった。今まで普通にできたことが1人でできなくなり、自信を失い、マイナス思考に落ちる。何かを始めるにも一歩前に進むことをためらってきた。

 そこに一筋の光が差し込み、救ってくれたのが盲導犬だった。カレン、ネネ、ピーチのおかげで気持ちが明るくなり、いつしか生きる原動力になった。福井さんだけでなく、盲導犬ユーザーは明るく前向きな人が多いという。

 「自分自身の尊厳の回復を、盲導犬がいることによってできた」。福井さんはそう確信している。

 ピーチとの限りある日々を大切にし、これからも福井さんは盲導犬ユーザーとして歩き続けていく。

※インタビューの㊤は>>こちら

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