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インタビュー

橋渡しインタビュー

ALSの夫の夢を応援したい 古内一美さん

2023年4月3日

 音楽ユニット「たか&ゆうき」の連載第4弾。今回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)=用語解説=患者の「たか」こと古内孝行さん(42)の妻、一美さん(41)をインタビューした。仕事や育児に加え、2019年に夫の介護を始めた一美さん。とても困難な状況に立たされているように見えるが、どんなときでも周囲が変わらず支えてくれ、人に恵まれていると話す。難病を抱えた夫と妻の関係について、そして夫と共に育てる愛息への思いを話してくれた。

 一美さんがたかさんと出会ったのは、23歳のとき。当時、デパートのレストラン街に並ぶ別々の店で2人は働いていた。休憩室で会うとあいさつを交わす関係が、仲間内の飲み会で親しくなり、一美さんが30歳のときに結婚した。

 その頃の一美さんには、定期的に気持ちが落ち込みやすくなることがあった。生きることへの不安を漠然と抱え、たかさんにも「私を看取(みと)ってね」とお願いするほどだった。

 一方、たかさんは明るく夢を追いかける性格。特に音楽でプロを目指していた20代は「たくさんの人に出会って、吸収したことを自分の歌にしたい!」とプラス思考で生きていた。そんなたかさんが、一美さんの元気のない時もそばに寄り添い、2人は穏やかに過ごしていた。

結婚して、夫婦2人で過ごしていた頃
結婚して、夫婦2人で過ごしていた頃

 結婚して1年後、2人の間に息子が誕生した。「多くを奏でる子になってほしい」という願いを込め「奏多(かなた)」と名付けた。たかさんは、一美さんと奏多君を支えようと、今まで以上に仕事に打ち込んだ。

 ところが、奏多君の成長が他の子供達と比べると明らかに遅いことが分かってきた。生まれてから7歳まで、ほぼミルクしか飲めず、ジャンプができず、言葉も鮮明に話せなかった。発達障害と診断された。奏多君を療育園に通わせると、一美さんは母が勤めるデイサービス琴平で、昼食作りの仕事を始めた。

 2019年には、奏多君が特別支援学校へ入学。「障害があっても、学校生活を息子なりに楽しんでもらいたい」と夫婦で願っていると、夫がALSを発症した。思いも寄らない突然の出来事に、一美さんは強烈な将来への不安に襲われた。

 「夫の病名を聞いて、この先どうしようと焦りました。今よりも息子に手がかかっていたので、これまで夫婦2人だからやれたことを、この先は1人でやらなくてはならないのだと思うと、すごいプレッシャーでした」と振り返る。

 生活は一変。仕事を辞めざるを得なくなった夫は、1年近くも家に引きこもった。徐々に動かなくなる体にいら立ち、いつも優しく接していた息子にも、厳しくしつけるようになった。

 「昔はめったに怒らなかったのに、病気になってイライラして、口調も強くなっていました。それまでは私が息子を叱り、夫がなだめるという夫婦関係だったのが、いつの間にか逆転して、これではまずいと思っていました」と、一美さんは心を痛めていた。

 たかさん自身も、親子でキャッチボールや自転車の練習など、奏多君とやろうと思っていたことを、かなえられない現実にがくぜんとしたという。

好きだった音楽が助けに

 そんなとき、夫婦の前に現れたのが、音楽ユニットの仲間となる「ゆうき」さんだった。一美さんが働くデイサービス琴平に入職したゆうきさん。それが縁で、一美さんはゆうきさんが10代から音楽活動を続けていることを知る。

「夫もゆうきさんも、どこか似た者同士だなと思って…」と、ゆうきさんに親しみを感じた一美さん。夫の介護について分からないことも、たびたびゆうきさんに尋ねるようになった。

 ゆうきさんのライブに夫を誘い、それが「たか&ゆうき」の出会いとなった。

 その後、自宅での入浴が難しくなったたかさんは、現在もデイサービス琴平に通い、入浴介護を受けている。ゆうきさんとは意気投合し、2人でユニットを結成。音楽活動を再開するほど意欲的になった。デイサービスの施設長の計らいにより、営業時間後に部屋を借りて演奏の練習を行っている。

 一美さんも働き出し、奏多君も学校へ通いはじめた
一美さんも働き出し、奏多君も学校へ通いはじめた

 「息子の世話があり、夫のやりたいことにずっと付き添えません。でもゆうきさんが力を貸すと言ってくれるので応援できるんです。やりがいを感じて生きる夫を見て、心の底から良かったと思いました」。

 一美さんも、月に一度の息抜きに、ママ友とのランチ会に出かけることが楽しみとなっている。「この日はだけは体調を崩さないで!」と夫にお願いするほどだ。

 夫の体は、徐々に動かせなくなってきている。それでも常に環境や人に恵まれ、病気になっても変わらず接してくれる人たちの優しさに励まされているという。

 夫がALSになって今年で4年目。すっかり自分のことよりも家族のことを考える時間が増えた一美さんは、以前より精神的にも強くなった。夫から見ても分かるほどに。

家族で共に乗り越える

 一美さんが、今後家族でしてみたいことは「外でお酒を飲むこと」だ。

 発症前のたかさんはお酒が強く、一美さんを連れてはよく居酒屋で楽しく飲んでいたという。健康であれば今でもすぐにできることだが、一美さんたちの場合は場所選びや準備が必要だ。その望みも、近いうちに仲間の協力でかないそうだという。

 いつも一番に考える、奏多君の将来についても、お金を少しでも多く貯めておくことを目標にしている。

外でお弁当を広げ、楽しく過ごした思い出
外でお弁当を広げ、楽しく過ごした思い出

 一時ダブルワークも考えたが、夫の体調を考えると、息子と長時間離れることが難しかった。今は障害年金や生命保険と介護保険を使い、ぜいたくはなるべく控えて生活しているそうだ。

 今年の春で奏多君は5年生。一美さんは「できるだけ、子どもがやりたいと思うことはかなえてあげたい」と話す。

今では奏多くんが車椅子を押してくれる
今では奏多くんが車椅子を押してくれる

 夫の病状や子どもの成長の様子は日々変わっていく。一美さんだけではなく、周囲にいる大勢の人たちと共に、豊かに過ごしてもらいたいと筆者は心から願う。

【用語解説】筋萎縮性側索硬化症(ALS)

 全身の筋肉が衰える病気。神経だけが障害を受け、体が徐々に動かなくなる一方、感覚や視力・聴力などは保たれる。公益財団法人難病医学研究財団が運営する難病情報センターによると、年間の新規患者数は人口10万人当たり約1~2.5人。進行を遅らせる薬はあるが、治療法は見つかっていない。

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