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インタビュー

橋渡しインタビュー

福祉ネイルで記憶呼び戻す 醍醐亜希子さん

2023年4月29日

 毎日、何回も目に入る自分の手。ネイル経験者なら、家事やパソコン仕事のたびに、キラッと光る華やかな爪に癒やされた覚えがあるのではないだろうか。福祉ネイリストの醍醐亜希子さん(38)=横浜市神奈川区=は、2020年に一般社団法人日本保健福祉ネイリスト協会で認定講習を受け、資格を取得したという。どのような活動をしているのか。

高齢者に福祉ネイルをする醍醐亜希子さん
高齢者に福祉ネイルをする醍醐亜希子さん

 ネイルサロンに行けない高齢者や障害者にもネイルを楽しんでもらえるよう、自宅や施設を訪問し、爪のケアとネイル、ハンドトリートメントを行う。大まかにいって、これが福祉ネイリストの役割だ。

 爪や手をケアしながら、ベースコート、カラー、トップコートと順番に塗っていく。オフ(ネイルを落とす)しやすいように、一般のネイルサロンで使われるジェルネイルではなく、マニキュアを用いる。施術は時間にして20分程度だ。

 「相手が疲れないよう、なるべく時間をかけないんです」と醍醐さん。それでもネイルをしながら、昔話を聞いたり、たわいない会話をしたりして、リラックスしてもらうことに気を配る。

 福祉ネイルの現場で重要なのは、フランス発祥の認知症のケア技術、ユマニチュードや回想法を取り入れること。回想法は、懐かしい記憶を思い出しながら会話をすることで、精神や認知機能の安定をもたらす。自信と喜びを少しずつ取り戻せる効果があると期待されている。

「自慢しなくちゃね」とお互いのネイルを見せ合っていた
「自慢しなくちゃね」とお互いのネイルを見せ合っていた

 醍醐さんは5年前に長女を出産。小さな命の誕生を家族と共に喜んだが、初めての育児は目の前の赤ん坊の世話で毎日が手いっぱいだった。気が付けば自分の時間はなくなり、おしゃれもできず、どこか気持ちが上がらないと感じるようになっていった。

 気分転換に、以前から好きだったセルフネイルを再開。「せめて足だけでも…」と、母親に買ってきてもらったマニキュアを足の爪に塗った。すると艶のある鮮やかな色を見て、モチベーションが上がり、自然と元気になった。この時、ネイルの持つ力を実感したという。

福祉ネイリスト醍醐亜希子さん
福祉ネイリスト醍醐亜希子さん

 その後、仕事に復帰。子どもを保育園に預け、仕事と育児の両立が始まった。実家の両親は遠方に暮らしているため、気軽に頼れる環境ではなかった。

 「忙しい生活の中で、だんだんと『このままでいいのかな?』と疑問を持つようになりました」。もっと人のためになる仕事ができないか―。そう考えるようになったという。

1年間検索し続けた末に

 そんな時、画像共有アプリ「インスタグラム」で見つけたのが福祉ネイリストだった。病気や障害、認知症を患った人たちのためにネイルを施すことを知って「私のやりたいことはこれだ!」と思った。

 資格取得には時間も費用もかかることから、なかなか行動に移せなかった。それでも福祉ネイルが気になり、1年間毎日のようにネットで検索し続けた末、夫に相談して福祉ネイリスト協会の認定校に通うことにした。

 福祉ネイリストは、全国に1500人以上いる。醍醐さんはそのうちの1人として、現在は転職し、高齢者向けの相談サロンで働きながら、福祉ネイルの活動を行っている。

 他にも認知症サポーターの講習を受けるなど、高齢者らへの対応に磨きをかけるため、介護関連の知識を積極的に学んでいる。

介護する家族にこそ

 ある日、醍醐さんの働く相談サロンに、自宅で夫の介護をしている80代のAさんが訪れた。認知症の夫だけでなく、自身も物忘れが進み、介護疲れに陥っている様子が見て取れた。

セットされる道具を一式見るだけでもときめく
セットされる道具を一式見るだけでもときめく

 現状を聞き、親身に相談に応じたあと、醍醐さんは「よかったらネイルを体験しませんか?」と声を掛けた。

 「私は介護をしなくてはいけない身なのに、おしゃれをしてもいいのかしら?」と、Aさんは驚いた表情を浮かべたが、醍醐さんは心身のケアが必要なのは、夫だけではなく世話をするAさんも同じだと思った。

 夫の認知症を独りで抱え込み、頑張ってきたAさんに、心を込めてネイルをした。「ご主人とは、どこで知り合ったのですか?」と、若い頃の記憶をたどるように会話した。

 華やかになった爪を見てAさんは感激し、「忘れていた気持ちを思い出したわ!」と笑顔を見せた。介護を受ける人だけでなく、介護をする人にもネイルは癒やしになっていると確信した瞬間だった。

リピーターも多く、毎回楽しみにしている人もいる
リピーターも多く、毎回楽しみにしている人もいる

 「高齢者にお話を聞くと、自己肯定感の低い方が多いと思うことがあって…。ネイルをすることで、自分をいたわることの大事さを感じてもらえるといいですね」。かつて自身が産後の慌ただしさからネイルによって救われたように、醍醐さんはそう実感している。

 今年は高齢者施設にも出張し、福祉ネイルを実践する機会を増やしたいと考えている。いずれは、実家のある島根県でも普及活動をしたいと夢は広がる。

 「かわいい」や「きれい」は、いくつになっても衰えることのない、大切な感情だ。福祉ネイルは、そうしたことを教えてくれる。

【用語解説】ユマニチュード

高齢者や認知症患者に有用とされているケアの技法。「あなたのことを大切に思っています」と相手に理解してもらえるよう、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の四つの柱を基本とする。フランスの体育学の専門家、イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが開発した。ユマニチュードはフランス語で「人間らしくある」との意味がある。

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