2023年8月27日
埼玉県美里町のデイサービスで管理者として働く五十嵐亮さん(36)は、業務の一環で認知症の啓発に取り組んでいる。中学生の頃に祖父が認知症を発症したのを機に、大学で社会福祉を学んだ。卒業後は介護職になり、厚生労働省が推進する「認知症サポーター養成講座」を受講。現在は講師役(キャラバン・メイト)として活動している。
キャラバン・メイトが行う活動は、主に企業、学校、地域住民に向けて、認知症を正しく理解してもらうための認知症サポーター養成講座の開催だ。
講座を修了した認知症サポーターはその後、地域近隣の見守りや傾聴ボランティア、オレンジカフェの企画・参加に取り組む。
幼児や小中学生には、認知症の人が道で迷うなど困っている場面に遭遇した際に、近くの大人や家族に伝えるよう教え、事故や行方不明を未然に防ぐことの重要性を伝えている。
五十嵐さんの活動拠点である本庄市は、2022年度に保育園児から地域住民、地元企業の社員まで合わせて1877人が認知症サポーターになった。
特に五十嵐さんが力を注ぐのは、キャラバン・メイトの仲間たちと旧本庄商業銀行煉瓦(れんが)倉庫で行うコンサートだ。
年に2回、夏と冬にフラダンスやギター演奏などを披露。認知症の知識や情報を伝え、来場者も一緒に歌や体操などを交えて参加できるイベントを行っている。
あくまでも楽しみながら認知症の理解を少しでも深めることを目的としている。
五十嵐さん自身も運営に携わるだけでなく、自らギターを弾いて歌い、出演している。 他にも地域包括支援センターの職員や理学療法士、三線や民謡ができる人々が集まり、それぞれが得意とする分野でコンサートを盛り上げている。
当日は70人ほどのお客で会場が満員になり、2部制で開催するぐらい盛況だという。
この活動で五十嵐さんが一番伝えたいことは「認知症は決して怖い病気でない」ということ。周りの理解を得られれば、認知症を発症しても安心して暮らしていける社会がつくれることを、多くの人に知ってもらいたいと意欲的に取り組んでいる。
また、認知症だけでなくひきこもりや家族の介護などで孤立した人たちのことを思えば、キャラバン・メイトの役割は大きいと考える。
「地域で暮らす方には、家の中に閉じこもってしまう人も多いと思います。キャラバン・メイトの活動が外に出る良い機会になればうれしいです」と語る。
五十嵐さんが介護職になり、現在の活動を始めたのは、祖父の存在が大きく影響している。
小学生の頃から1人で電車に乗り、数駅先に暮らす祖父母の家に顔を出していた。厳格な祖父は「よく来たな」といつでもかわいがってくれた。
五十嵐さんが中学生になったころ、祖父は認知症を発症した。徘徊して近所の店のシャッターをたたき、外出すると家に戻れなくなるなど、症状は徐々に進行した。
部活で忙しい五十嵐さんは、以前のように祖父母の家に行くことができず、最後に会ったのは病院だった。
皮膚は浅黒く、目を見開き、表情もなくじっとしている姿から、かつて五十嵐さんをかわいがってくれた祖父とは別人に見えた。変わり果てた姿に衝撃を受け、声をかけることができなかった。
「ショックでした。祖父は相当苦しい時期を過ごしたことでしょう。でも、当時は寄り添うことができず、そんな自分を愚かに思って…」。そんな後悔を口にする。
祖父が亡くなり、五十嵐さんは「他の人が自分のように後悔してほしくない」と、大学で福祉・介護について多くのことを学んだ。
「勉強をすると、認知症になっても感情は残っていること、声にならなくても一人一人に思いがあるという大切な事実に気付きました」
認知症の知識がないのはもったいない。知る機会があれば聞いてほしい―。そんな強い思いが、現在の仕事やキャラバン・メイトの活動に生きている。
現在、デイサービスの管理者として多忙な日々を送る五十嵐さん。定員25人の利用者の様子を見ながら、スタッフの育成に励む。
次の課題は「時代の変化に適応すること」だという。
内閣府が公表した「令和4(2022)年版高齢社会白書」によると、2025年には75歳以上の後期高齢者人口が2,180万人になり、国民の約5人に1人が75歳以上となる。
介護現場では、利用者の年齢が戦後の高度成長期を生きた世代になり、特に男性は自分が社会を築き上げたという自負が強いと思われる世代だ。
しかし年齢を重ねるにつれ、入浴一つ思うようにいかず、トイレへ行くにも失敗が続くようになる。現役の頃には考えられないことが、「老い」として現れる。
「手伝ってほしい」と人に頼るのは、プライドが傷つく。当たり前のことだが、そんな時こそ五十嵐さんは気軽に頼ってもらえる存在でありたいと話していた。
「五十嵐さんなら相談してもいいかなと思ってもらえるような信頼関係を築きたいです」
これから介護現場に起きる変化に、真っ向から向き合う姿を応援したい。
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