2022年10月3日 | 2022年12月7日更新
大谷さんは昨年9月から、認知症を患う母トミ子さん(91)を自宅に呼び寄せ、同居するようになった。体調不良を起こしていたトミ子さんに、検査で胃がんが見つかったからだ。
「朝ごはんを食べた後に吐いている姿を見て、最初は夏バテだろうと思っていたら、胃がんでした。ショックが大きく、母と一緒に積み上げてきたものができなくなると思うと、動揺してしまって…」
医師に告げられたのは、胃の全摘出。助けたい一心で、とにかく手術を受けてほしかった。だが、トミ子さんには手術について理解することが難しく、説明を始めると、カッとなって大谷さんを叩いてしまった。予定日には、病院を抜け出したという。
付き添い入院が許可されると、大谷さんは画材を持ち込んだ。パステルシャインアートで築いた親子の関係を、取り戻したかったのだ。「また怒り出すのでは…」と不安がよぎったが、トミ子さんはベッドで機嫌よく絵を描いた。
「認知症の患者は周囲の変化に敏感で、家族の声掛けがいかに大切であるかを改めて感じました。手術室まで穏やかに歩く母を見て、担当医も驚いていました」
手術は成功し、現在はデイサービスに再び通えるようになるまで回復した。
退院後、大谷さんの自宅に戻ったトミ子さん。2階にある自室との階段を、ゆっくりだが上り下りする。おしゃれを忘れず、自分で着替えができ、トイレも問題なく過ごしている。
それでも、家族との関係に亀裂が入ることは、たびたびあった。
大谷さんは結婚して実家を離れて数十年になる。認知症になった当初も、頻繁に訪れるようになったとはいえ、別居していた。それが、同じ屋根の下で暮らすようになったのだから、無理もない。距離感が分からず、気が付けば介護疲れで心を病んでいた。「むしろ手術を受けなくても良かったのではないか、と思ってしまうほど嫌になりました」
大谷さんは毎朝、トミ子さんが起床したことが分かると、部屋へ行って身支度を手伝い、朝ごはんを作った。胃の全摘出で以前のように食べられなくなり、他の家族とメニューは異なったが、それにもトミ子さんは怒った。「家族も気を遣って食べなくなった。お互いにストレスをためる日々でした」
以前よりも自分の時間は減っていた。短期間の記憶をすぐに忘れ、同じことを繰り返す母の姿を、夫や娘に申し訳ないと感じるようにもなった。
「でも、ある時から一生懸命になることをやめたんです」
大谷さんは4月から通信制大学に入り、朝はレポートを書く時間に充てている。介護を続けていても、勉強することでリフレッシュと自分を律することができるという。「学びが心の支え。想像以上にレポートの提出には苦戦していますけど」と語った。