2022年10月9日
パステルシャインアートなどの講師を務める大谷こずえさんは、認知症の高齢者や家族が心安らかに過ごせるようなアートの教室を開いている。
その大きなきっかけになったのは、認知症を患う母トミ子さん(91)だった。胃がんで胃の全摘出手術を受け、昨年9月から夫と娘と共に4人で同居している。
実家に通って介護をするのと同居は、全く違うものだったと痛感した大谷さん。気が付けばストレスを抱え、トミ子さんの手術でさえ「しなければ良かったのでは」と思うようになった。
それでも救いになったのが、パステルシャインアートをトミ子さんと続けてきたことだった。「母は絵を描いている間はとても朗らかで、おとなしく過ごせて、私自身も母の作品を心から褒めることができました」
認知症患者は、自分の発した言葉や行動を「違う」と否定されると、ばかにされたと思って怒り出してしまうケースが多い。大谷さんは、どんな時もいったん肯定し、全てを受け入れることがトミ子さんとの関係性を良好にすると考えるようになった。
現在、パステルシャインアート以外に大谷さんが力を注いでいるのが「対話型美術鑑賞」。ニューヨーク近代美術館で始まり、日本でも「アートリップ」などとして広がりを見せている。
大谷さんは、認知症の高齢者と家族が同じ美術作品を見て、互いに感じたことや思い出したことを伝え合うような、新しいアート鑑賞に取り組んでいる。
実際にトミ子さんと対話型美術鑑賞をすると、大谷さんが思いもよらない感想が返ってくるという。
例えば、サクラの名画を見て「サイタサイタ サクラガサイタ コイコイ シロコイ」と言った。これは昭和初期の小学校1年生の国語の教科書に出てくる文章だという。「世代によっても得られる気付きが違うと分かりました」。多世代の家族が対話型美術鑑賞でコミュニケーションを取るときの参考にもなるという。
「家族が認知症になると、だんだん新しい思い出がつくりにくくなり、話す機会が減るかもしれません。でも、対話型美術鑑賞には過去の記憶を引き出す力もあります。絵を見て感じる心は、認知症であろうとなかろうと、どんな人も変わりません」
対話型美術鑑賞の講座もオンラインで行っている。「私、メモ魔なんです」と言うだけあって、大谷さんの準備は入念。広げたファイルには、名画のコピーに付箋がびっしり貼られていて、絵の感想が記されている。どんな会話に展開するか分からないため、少しのひらめきやヒントを逃さないようにしたいという。
その人らしさが出てくることで場が和み、リラックスできる時間を提供できることに、大谷さんは喜びを感じている。現在、通信制の大学で学んでいるのも、美術だという。