2025年2月27日
西武池袋線小手指駅(こてさしえき、埼玉県所沢市)近くに、喫茶店にしか見えないと評判のデイサービスがある。その名も「南口パーラー」。利用者たちはコーヒーを飲みながらのんびり音楽を聴き、読書を楽しんでいる。どんな発想でこのような新感覚のデイサービスをつくったのか。運営する有限会社カイゴー(同市)の代表取締役、小林健太さん(38)に聞いた。
「南口パーラー」のある小手指駅は、西武池袋線の小手指検車区(小手指車両基地)の整備に合わせて1970(昭和45)年に開業した。都内に出やすいためベッドタウンとして栄え、駅前にはタワーマンションが建つ。
一方で老朽化した分譲マンションが何棟もある。高齢になった住人が多く暮らし、周辺には介護施設や事業所が集まっている。その一つが有限会社カイゴーで、2000(平成12)年に創業した。
22年にオープンした「南口パーラー」は、小手指駅から徒歩3分ほどのところにある。重厚感あるレンガ造りのビルで、以前は民間の音楽学校が入っていたという。
2階に上がると、趣のあるおしゃれなカフェから音楽と数人の笑い声が聞こえてきた。
店内にはジャズやクラシックが流れ、英国のアンティーク家具に加えて小さなステージも設けてある。福祉仏教 for believeでおなじみの音楽ユニット「たか&ゆうき」がライブしたこともあるという。
「どこがデイサービス?」と思うほど、介護施設に見えない雰囲気。一般客も利用でき、Wi-Fi完備とあってリモートワークもできる。
メニューは、一般客には飲み物とトーストなどの軽食があり、利用者には別メニューの昼食を提供している。
小林さんは「当初、一般のお客さまは少ないかと思っていましたが、想像以上にご利用いただけてありがたいです。会社の取り組みが、まちの一部をつくっていることがうれしい」と笑顔を見せる。
利用者は、一般客と同じスペースで過ごすことが、直接話さなくても社会との関わりを持てているという実感につながるようだ。
職員は基本4人体制。飲食やレジなどのカフェ担当と、利用者のお世話をする介護担当に分かれて、交代で勤務している。人手不足で一時は順調に運営できない時期もあったが、最近はようやく安定してきた。
利用者は通常のデイサービスと同じく自宅から送迎があり、入浴介助はないものの、朝から夕方まで介護サービスを受けられる。だが、これといって決まったスケジュールがないため、読書をしたり、周りの利用者や職員と雑談したりと、自由気ままに過ごせる。
午後になると、ギターを持ってきた職員が弾き語りを披露。利用者はテーブルを囲みながら、気持ちよく歌謡曲や童謡を歌い、和やかなひとときを過ごす。これがレクリエーションに当たる。
カフェ機能を取り入れたデイサービスをなぜ立ち上げたのか。小林さんは「従来のデイサービスに向かない高齢者のために考えた」と話す。
利用者の中には、いざ通所できるデイサービスが決まっても、「行きたくない」と訴えて来なくなってしまう場合がある。施設内の人間関係や独特な空気感になじめず、孤立してしまうことが少なからずあるのだという。
「独りで家にいるだけでは、健康を害してしまいます。自分から行きたいと思えるデイサービスが必要でした」
介護施設らしくない場所でデイサービスをつくろうと物件を探していたとき、紹介されたのが現在のビルだった。
以前から、小手指に暮らす利用者の自宅を訪問すると、音楽や本好きの人が多い印象を受けていた。「それが開業のヒントになりました。知的好奇心を刺激するデイサービスって、すてきじゃないですか?」
ある認知症の利用者は、以前利用していた施設では落ち着いて周りと過ごせず、帰りたがる傾向が見られたが、「南口パーラー」ではカフェの雰囲気が気に入り、ストレスが軽減されている。
小林さんが介護職に就いて10年以上が経過し、利用者の世代交代が起きている。戦後生まれの利用者たちが求めるサービスは多様化していると感じている。
「家族で助け合える家庭ばかりではありません。近所の方や、日ごろ支援する介護士の方に、心を通わせる人もいらっしゃいます。ぜひ、私たちを頼ってください」
閉鎖的な介護業界にあって、自らまちに飛び込み、利用者を支援しながらカフェを経営していくのは容易ではないだろう。それでも「南口パーラー」の利用者が、どこか肩の荷を下ろし、穏やかな表情を見せて帰っていくのを見ると、成功しているのだと実感できた。