2024年10月18日
※文化時報2024年8月23日号の掲載記事です。
企業の社員研修に重症心身障害=用語解説=のある人たちとの交流を取り入れようと、大阪府枚方市の非営利型株式会社andna(アンドナ)が「ぷろちゃれ」と名付けた研修事業を始めた。福祉施設での体験を通じて多様性への理解を深め、人間力を高めてもらうのが目標。アンドナを創業した「ぷろちゃれ」管理人の野村由紀さんは、利用者を〝障害者〟ではなく、名前も人格もある人として接することを大切にしている。(主筆 小野木康雄)
「食事介助のやりがいですか? 食べてもらった時の達成感です。関係性が顕著に表れますから」。車いすに座る佐藤歩実さん(18)に刻み食を食べさせながら、スタッフが参加者からの質問に答えた。
8月1日、大阪府八尾市の施設で行われた「ぷろちゃれ」。研修会場は、未就学児と6~18歳の子どもが通う児童発達支援・放課後等デイサービスの「ノーサイド八尾SPA」と、併設する生活介護=用語解説=の「ノーサイドLABO」だ。いずれも重症心身障害の人たちを対象にしている。
この日参加したのは、岡山市北区で福祉施設などを運営する会社「エール」の2人と、京都市左京区のデザイン会社「ねき」の4人。野村さんの講義を受けた後、二手に分かれて昼食の様子などを見学し、レクリエーションやパラリンピック正式種目のスポーツ「ボッチャ」を体験した。
「ねき」のグラフィックデザイナー、西宮悠さんは「表面的なところだけでなく、相手に関わりたいという気持ちを持って、奥の部分を見ることが大切だと思った」。フォトグラファーの成田舞さんは「佐藤さんがおいしそうに食べていたのは、介助するスタッフがうれしい、楽しいと感じていたからだろう」と語った。
「エール」の平田晶奈社長は「利用者とスタッフの隔たりがなく、ただ一緒に過ごすという雰囲気を上手につくっている。うちの施設でも、障害のある人たちが活躍できる場づくりを考えていきたい」と話した。
「ぷろちゃれ」は、施設見学や利用者との〝触れ合い〟だけを行うのではない。野村さんが力を入れるのは、研修で出会う障害のある人自身を知ってもらうことだ。
見学前の講義では、利用者がどんな人なのかという説明に多くの時間を費やした。とりわけ佐藤さんに関しては、ニックネームにちなんで「あーたんタイムズ」と題したA3判のチラシを作り、生い立ちや暮らしぶりを詳しく伝えた。
柔道女子金メダリストの谷本歩実選手のように、強さと優しさを兼ね備えた人になってほしいとの願いで、歩実と名付けられたこと。遺伝子に原因があるレット症候群という障害があること。カレーや丼が好物で、納豆と炭酸飲料が苦手なこと。身体機能がだんだんと落ちていること―。
野村さんは、佐藤さんの保護者から事前に約4時間かけてインタビューし、さまざまなエピソードを集めた。「福祉の大切な役割は、障害のある人がその人らしい人生を送るためにサポートすることにある」。そうした信念に基づき、研修内容を組み立てている。
参加者の一人は、人となりを知ることで次のような効果があったと振り返った。「これまで障害のある人というレッテルを貼って見ていたのが、友達のように接することができた。大きな壁を取り払えた」
重症心身障害のある人たちとの交流を企業研修に取り入れた研修事業「ぷろちゃれ」について、受け入れる施設側は、情報発信やスタッフの意欲向上につながると歓迎する。「ぷろちゃれ」管理人の野村さんは、分け隔てなく「いのち」を大切にする宗教者の参加にも期待している。
「ぷろちゃれ」は、障害福祉サービスの仕事に約10年間携わってきた野村さんが起業し、昨年10月に始めた。「ノーサイド八尾SPA」「ノーサイドLABO」に協力を依頼し、試行を含めてこれまでに6回開催した。
当初はあまり乗り気でなかった現場のスタッフも、大切な利用者のことを知ってもらえたり、アンケートで働きぶりを褒めてもらえたりする経験を重ねて、どんどん前向きになった。
両施設の運営会社「チームケア」(大阪府八尾市)の統括責任者、高木康弘さんは「全く異なる業種の方々に一から重症心身障害について説明することで、私たちも気付きがある。いい学びになっている」と語る。
ノーサイドLABOの管理者兼サービス管理責任者の柿本有香さんは「重症心身障害のある人は意思疎通が難しいが、少しの雰囲気の違いも分かる。いろいろな人と接することは、いい刺激になって自立にもつながる」と話した。
アンドナは企業から研修費用を受け取り、施設に業務委託料を支払う。施設は研修に協力し、企業に体験の場を提供する。企業は研修を通じ、新たな経験や発見を施設に与える―。「ぷろちゃれ」はこうした循環で障害者福祉と社会をつなぐ。今のところ、協力している施設は「ノーサイド八尾SPA」「ノーサイドLABO」だけだが、奈良市内の施設でも実施の準備が進んでおり、8月1日の研修に参加した「エール」(岡山市北区)も検討を始める。
一方、参加者の業種は大手製薬会社やレジャー施設など多岐にわたる。
野村さんが将来的に目指しているのは、企業が自社のサービス向上や商品開発のヒントを「ぷろちゃれ」で発見してもらうことだ。実際に参加者からは「凝り固まった自分の考え方に気付く体験になった」といった声が寄せられている。
また野村さんは、福祉と普段関わりのない人たちを巻き込むことで、障害のある人たちの困りごとを解決しようとしており、宗教者が「ぷろちゃれ」に参加することにも期待している。実際に研修を受けた僧侶もいるといい、「福祉の課題に、みんなで楽しく取り組められれば」と話している。
【用語解説】重症心身障害
重度の知的障害と重度の肢体不自由が重複している障害。児童福祉法第7条第2項に定義がある。一般的に「重心」と略して呼ばれる。人数は2012年4月1日現在で全国に約4万3千人と推計された。
【用語解説】生活介護
障害福祉サービスの一つ。主に昼間に入浴・排泄(はいせつ)・食事などの身体介護を行うほか、生活相談に乗ったり、創作的活動・生産活動の機会を提供したりする。常に介護などの支援が必要な人を対象としている。