2022年10月15日
「同じ仕事についているのにあいさつ一つできないのは、あまりにも寂しい」。デイサービス琴平(埼玉県所沢市)の代表、増川信行さんはそう語る。そば店で職人として働いていた頃は、街で同業者とすれ違うとあいさつしていたという。その経験からくる違和感が、多職種や地域とのつながりをつくる活動の原動力となった。
デイサービス琴平では、オープン当初から幼なじみの同級生が介護スタッフとして働き、立ち上げからこれまで二人三脚で運営してきた。
施設を訪れる利用者は、重度の認知症の人が多く、中には困窮した生活を送っていて危険な状態に置かれた人も少なくないという。「お願いです!今すぐ来て!」と、地域包括支援センターから電話が鳴ったり、近所から緊急の通報が入ったりすることもしばしばある。
連絡を受けると、すぐに現場へ駆け付ける。「僕のところに電話があるとき、よほどのことが起きています」。困った人がいたら見捨てておけず、必要ならどこへでもはせ参じる。
デイサービスの運営以外に力を注ぐのが、16年に設立した「ところざわ地域ケアの会」だ。介護職同士が情報交換できる場となっている。きっかけは、そば職人ならあいさつし合うのに、介護職同士は一切しないことだったという。
「地域や介護職同士のつながりが、希薄だと感じていました」と増川さん。「ケアの会」では先人たちの福祉を学び、現場の悩みなどを話し合いながら、横のつながりを強化している。
それだけにとどまらない。次は介護と医療の連携が必要だと考え、別の団体を立ち上げた。互いの専門性を生かしてタッグを組めば、より良い介護を行えると確信したからだ。
率先して声を掛けていくと、心ある介護職と医療者らが大勢集った。医師が診察にかける時間は短いが、介護士は週に数回でも長時間接する。そこから見えることや気付きをフィードバックすることで、より充実したケアができると、増川さんは考えている。
さらに、地域住民のための「とこ地区ささえあい塾」も設立。専門職が公民館や集会所に足を運んで講師になり、介護や認知症予防に関する正しい知識を教える塾にした。増川さん自身も、特に食事のバランスが大切だと感じて情報発信に努めている。
きっかけは、地元の市民大学で行った65歳以上の高齢者に対するアンケート。「もっと早く認知症予防のことを知りたかった」という声が多数寄せられたという。
「所沢市だけではなく、他の市の老人クラブなどからも、認知症予防について話をしてほしいと頼まれることがあります。今の現場を知っている人間だからこそ伝えていくことができると思い、積極的にお引き受けしています」
今後はデイサービスの運営を徐々に若いスタッフに任せ、増川さん自身は栄養面や健康面を考えた高齢者向けの弁当を作り、配送するサービスを行いたいと考えている。地域の協力者と共に、新たな目標へと向かっている。