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インタビュー

橋渡しインタビュー

「自閉症の人とともに」ビール造りで地域支援

2023年1月14日 | 2023年10月4日更新

 社会福祉法人菊鉾会(京都市左京区)理事の松尾浩久さん(44)は、大谷大学在学中のボランティアで出会った自閉症の子どもたちに衝撃を受け、障害者福祉の道へと進んだ。地域に根差した支援に取り組むべく自ら立ち上げたNPO法人は、志を同じくする仲間の目に留まり、事業が拡大。障害者の社会進出に貢献している。その事業とは、クラフトビールの醸造だった。(松井里歩)

1979(昭和54)年1月7日、京都府長岡京市出身。大谷大学文学部社会学科教育学分野卒業。社会福祉法人菊鉾会理事
松尾浩久 1979(昭和54)年1月生まれ。京都府長岡京市出身。大谷大学文学部社会学科教育学分野卒業。社会福祉法人菊鉾会理事

 出身校の大谷大学とのコラボで生まれたお茶のビール「まんまビーア」、ニラとガーリックを使用した餃子専用ビール、京都産の米こうじを使用したビール…。松尾さんが立ち上げたクラフトビールブランド「西陣麦酒」では、独特な風味のクラフトビールを多く醸造する。瓶には「自閉症の人とともに」と書いたタグを掛けている。

 醸造は、自ら設立したNPO法人ヒーローズの生活介護事業利用者のために、就労支援として実施してきた。なぜNPO法人を立ち上げ、ビールを醸造するに至ったのか。それには、松尾さんが以前勤めていた社会福祉法人での活動が大きく関わっていた。

今までの賞状やビール瓶
今までの賞状やビール瓶

カルチャーショック「意味が分からない」

 知人からボランティア活動に誘われることが多く、高校生の時には子どもの学習支援、大学では聴覚障害者のサポートに励んでいた。

 そんな松尾さんが、大学4年生の頃、衝撃を受けた出来事がある。後に就職する社会福祉法人でボランティアをしていた時、自閉症の人と出会ったことだ。

 最初の感想は「意味が分からない」。突然大声を出したり暴れたりするため行動が予測できず、先輩職員と同じように接してみても、自分はうまくいかなかった。それまでのボランティアで障害者と関わることはあったものの、自閉症の人という未知の存在と接することでカルチャーショックを受けた。

 その社会福祉法人は当時すでに40年ほどの歴史があり、設立当初から地域の誰もが利用できる診療所を開いたり、女性が十分な教育を受けられる会を設けたりと、青年たちの居場所づくりの先駆けとなる活動をしていたという。

 松尾さんはそこに就職した後、成人の利用者グループの余暇支援=用語解説=として、平日の夕方に利用者らと共にカラオケやスポーツを楽しむ運営職員や、デイサービス事業などの立ち上げに携わってきた。

 勤務先のある京都市上京区には、障害者が日中通ったり仕事を提供できたりする社会支援の場が少ない―。社会福祉法人で働きだして10年余りがたった頃、松尾さんはそう感じるようになっていた。2013(平成25)年、同じ上京区でNPO法人ヒーローズを立ち上げた。

 地域に密着した小規模の事業所でありたいという願いに加え、重度の障害のある人や万が一の事態に配慮して、利用者の受け入れは上京区と、隣接する中京区のみに絞った。派手な宣伝などはせず、市役所からの紹介と口コミだけで利用者を集めたという。

 本人の生活圏を大切にしようと、自閉症や発達障害などの知的障害者を中心に、気軽に通ってもらえるような施設を目指し、一人一人に向き合った。

消耗品でつながり継続

 地域と障害者をつなぎたいという強い気持ちでヒーローズを立ち上げた13年当時は、重度の障害者への就労支援制度が充実していなかった。そこで「利用者が1日遊んで終わるだけではもったいない。施設内だけで過ごすのではなく、地域に貢献し何らかの役割を担うことで、地域と共に生きられないか」と、就労支援事業を始めることにした。

 就労支援の方法として、余暇支援での経験から松尾さんが思い付いたのが、クラフトビール造りだった。

 松尾さんが実施していた余暇支援には、レクリエーションのほかに、トイレットペーパーを仕入れて利用者と配達へ行くという活動があった。1回買ったきりで終わってしまう工芸品よりも、定期的に注文をもらえる消耗品の方が地域の人との関係性が生まれ、つながりを継続できる。そうした狙いがあった。

 おいしいクラフトビールなら、繰り返し飲んでもらえる。そう考えて醸造することを決心したものの、全員が未経験者だった。そこで、松尾さん自らが酒造業者で工程を学び、修業を積んだ。現在は利用者の全員が、封入や発送など何らかの作業に携わっている。

西陣麦酒の暖簾(のれん)
西陣麦酒の暖簾(のれん)

 「施設内にみんなでお酒が飲めるスペースをつくり、障害の有無を気にしない場にできたら」。そんな思いもあったという松尾さんは、わいわい楽しくビールを飲み、気が付けば障害者も健常者も同じ輪の中にいるというのが理想だと考えている。「障害というのは違和感のこと。何か少し違うというその違和感を、お酒は緩和させる力があるのではないか」と話す。

「違う」ということと、「同じ」ということ

 知的障害のある人の中には、行動が激しく、人をたたいたり、物を壊してしまったりする人もいる。けれども半年、1年と関わっていけばその回数は減らしていける。こうした「障害のある人との関わり方」を地域の皆が知っていくべきだと松尾さんは考える。

 「他の社会福祉法人とつながれている人は、それでいい。そこでうまくいかなければ、ここに来てくれればいい」。困難を抱えた人たちこそ支えたいという思いで、それぞれの利用者の課題を見つけて、本人に合わせた支援に取り組んでいる。

 NPO法人ヒーローズは2022年、社会福祉法人菊鉾会と合併した。松尾さんは現在、菊鉾会の理事として、志を同じくする仲間たちとクラフトビールの醸造を続けている。

 そして、これからの社会について、こんな望みを持っている。

 「日常生活で、障害のある人と関わる機会は少ないかもしれない。けれどもいろいろな障害のある人が、本当はすごく身近にいる。障害者をひとくくりにせず、障害の違いをもっと知って、理解していくこと。そもそも障害者と健常者に違いなどなく、同じ人間であるということ。それを分かってほしい」

【用語解説】余暇支援

 障害のある施設利用者が、レクリエーションや他者との活動を通じて充実した生活を送れることを目的とした支援。

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