検索ページへ 検索ページへ
メニュー
メニュー
TOP > 橋渡しインタビュー > 患者・利用者の半生を紙芝居に 熊谷祐子さん

インタビュー

橋渡しインタビュー

患者・利用者の半生を紙芝居に 熊谷祐子さん

2023年8月15日

 特別養護老人ホーム「タムスさくらの杜 練馬」(東京都練馬区)で介護福祉士として働く熊谷祐子さん(54)は、幼い頃から児童館の紙芝居を小さい子に読んであげるのが好きだった。40 代後半に人生の転機が訪れ、介護職に就いてからは、仕事の合間に患者や利用者の半生を聞きながら、一人一人の願いや希望、生きた証しを紙芝居に描いている。

「介護紙芝居」を描く熊谷祐子さん
「介護紙芝居」を描く熊谷祐子さん

 介護に初めて携わったのは、高齢になった義父と義母の世話だった。それまでは事務職や電話交換手などに従事しており、福祉の道に進んだことはなかった。

 義父が認知症になり、介護サービスを受けるようになったころ、担当のヘルパーから「介護福祉士の資格を取ったら?」と勧められた。当時は義父が徘徊することを想定し、事前に近所に保護をお願いして回っていた。

 義父と散歩中、通りすがりの年配の男性から「あんな風になったらおしまいだな」と言われ、傷ついたこともあった。

 「私は義父がおしまいだなんて思ったことはないし、悔しくてたまらなかった」。最期まで懸命に介護を続け、義父と義母を看取った。

「介護紙芝居」との出会い

 2017(平成29)年、熊谷さんは夫と離婚したのを機に、就職することにした。以前勧められたときは自信が持てずちゅうちょしたが、思い切って介護職の道へ進もうと決意した。

 就職先は病院。介護ワーカーとして、慣れない仕事を覚える大変さはあったものの、患者と何げない会話をすることが熊谷さん自身の救いにもなっていた。

 休日は介護の知識を増やそうと福祉に関するセミナーを受けた。そこで、高齢者向けの紙芝居があることを知った。

義父との思い出の紙芝居(左下)も制作した
義父との思い出の紙芝居(左下)も制作した

 高齢者向けの紙芝居は、子ども向けとは異なり、例えばかつて放送されていた「金色夜叉」などのテレビドラマを、映像ではなく紙芝居で分かりやすく再現したものだ。

 熊谷さんはたちまち興味をそそられた。埼玉県川越市で「介護紙芝居」の監修をする遠山昭雄さんの作品に影響され、本格的に制作や実演を学び始めた。

温泉の湯気になった男性の物語

 紙芝居の素晴らしさを実感した熊谷さんは、勤務先で上司に相談し、患者から聞いた話で紙芝居を作りたいと頼んだ。勤務後の限られた時間を使って患者の元へ行き、子どもの頃の思い出や若いころの職業、夢などについて語ってもらった。

 そんなあるとき、末期がんになった60代の男性に出会った。「自分が死んだら、娘に読んでもらいたい」。そう言って紙芝居を作るよう頼まれた。

 内容は「家族でもう一度温泉に行きたい」という男性の夢。だが、実際は複雑な事情があり、家族がいっこうに見舞いに来ないような境遇だった。

 孤独な男性に寄り添い、耳を傾けた。家族で温泉に行ったという思い出は、もちろんほほ笑ましく、夢をかなえる意味では描いてもよかったのかもしれない。けれども、熊谷さんにはどこか引っかかる思いがあった。

 いろいろと考えた末、病室で雨を見ていた男性本人の様子からヒントを得て、ストーリーを決めた。

雨を眺める男性
雨を眺める男性

 男性が部屋から雨の降る様子を眺めていると、いつの間にか自分が雨粒になって地面に流れていった。

雨粒になってしまった
雨粒になってしまった

 そのまま下水管を通って、さまざまな所へ冒険に出掛けていく。

下水管に流れて、どこへ行くやら
下水管に流れて、どこへ行くやら

 最後は雨粒が温泉の湯になり、親子が入っている温かいお湯からふわふわと湯気になって空に消えていった―。

親子が入る温泉へ
親子が入る温泉へ

 何とも切ない紙芝居の構想を、男性に伝えた。男性は、温泉の一滴になった自分の物語を笑って喜び、その後静かに息を引き取った。

 実際には、色を塗って完成させた紙芝居を男性が見ることはなかった。だが、孤独な夢や胸の内を表に出したことで、きっと穏やかな気持ちになったことだろう。

「構想を練るために、2人で病院内の売店まで歩いていって、アイスを食べながら話したことがいい思い出です。紙芝居があってこそ、気持ちを共有できました」

 熊谷さんは、男性の娘に会うことが一度もなかった。担当のケアマネジャーにコピーした紙芝居を渡して、家族に届けてほしいと頼んだが、その後はどうなっているのか分からない。

今なら許せるあの言葉

 熊谷さんは現在、「紙芝居文化推進協議会」の会員になり、コンクールに出展し実演もするなどして、紙芝居の普及に尽力している。勤務先の病院を退職して特別養護老人ホーム「タムスさくらの杜 練馬」に移り、少しでも時間がある日は、ストックしている紙芝居をレクリエーションで披露している。

レクリエーションで紙芝居を実演する熊谷さん。これからも紙芝居を描いていく
レクリエーションで紙芝居を実演する熊谷さん。これからも紙芝居を描いていく

 自営でタバコの葉を育てる仕事をしていた人の半生を描いた作品や、話すことが困難な福島県出身の入居者のために、福島県の文化をテーマにした紙芝居もある。中にはかわいい孫を思って、残したい思い出やメッセージを紙芝居に託した人もいる。

 画材はクレヨンや水彩、アクリル絵の具などさまざま。描き上げるときは2、3日で一気に仕上げるそうだ。

 忙しい業務の合間の創作活動だが、熊谷さんは「ついつい入居者さんの話を聞いてしゃべり込んでしまい、仕事が遅くなってしまうこともあって…。もっと頑張らないと」と笑顔で語った。今後は入居者本人だけでなく、家族も癒やせるような作品を描いていきたいそうだ。

 かつてすれ違いざまに「あんな風になったらおしまいだな」と言われた言葉を、「今なら許せる」と、熊谷さんは言う。認知症を「恐怖」としてしか捉えられなかったのだろう、と思うからだ。

 「年齢を重ねて、自分や愛する家族が認知症になったらどうしようと、怖く感じる人もいるでしょう。でも、人格そのものが変わるわけではないので、怖がらないでほしいです。認知症になっても安心して暮らせるようにしていくのが私たちの務めですから、プロに頼ってくださいね」

 紙芝居の世界のとりこになった熊谷さん。人生にどんなことが起きても、人は必ず物語になるくらい魅力ある話を持っている。そう教えてくれるかのようだった。

おすすめ記事

同じカテゴリの最新記事

error: コンテンツは保護されています