2024年4月23日
NPO法人PIPPOは福祉施設で作った雑貨、食品などをネット販売している。代表の森井優希さん(37)が2018(平成30)年6月、自宅で一人で始めた。障害のある人たちが作る商品は、たとえ興味があっても「買う場所がない」「販路拡大が難しい」などの課題があることを知り、暮らしの一部に福祉を取り入れたいと奔走。現在は30人ほどのスタッフが集まり、サイトの運営を行っている。
PIPPOのロゴはかわいらしいピンクのカバが目印になっている。全体的に色合いが柔らかく、女性が好みそうな親しみが持てるウェブサイトだ。
検索すると、コーヒーや焼き菓子、マフラー、機織りバッグ、アクセサリーなど数々の食品と雑貨が並び、手作りの良さが伝わってくる。日ごろ福祉とは縁がない人でも、ゆっくり閲覧できることで「ちょっと買ってみようかな」と興味が持てそうだ。
商品の製作者は、福祉施設に通所している知的・精神障害者の利用者たち。全国100施設が登録して、ネット販売をしている。
また別サービスとして、商品のパッケージデザインや集客方法などに森井さんをはじめスタッフが相談に乗ることもある。相談内容に適したスタッフが対応しているという。
スタッフは、福祉とは関係のない異業種で働いている人がほとんど。現在はほぼボランティアで活動している。森井さんがネットで応募し、福祉に関心のある仲間が集まってきた。
森井さんは1986(昭和61)年生まれ。茨城県出身。4人きょうだいの末っ子として誕生した。性格はもの静かで、大人の言うことには真面目に従い、聞き分けのいい子どもだったという。
茨城大学では歴史学を専攻し、ヒンドゥー教や仏教、差別問題などについて学んでいた。
卒業後は特許事務所で事務員をしていたが、精神面に不調が出るようになった。2011(平成23)年の東日本大震災では、毎日のニュースで世の中の変化を感じ、ますます鬱(うつ)っぽくなっていた。
入所1年で退職し、精神科を受診してデイケアに通うことになった。精神障害があって一般企業では働けない人たちが、支援を受けながら日中働ける作業所があることを知った。
その後、森井さんは結婚し、30歳で出産した。日々成長していくわが子と向き合いながら、「このままじゃだめだ」と感じるようになったという。
「私は自己肯定感が低く、振り返ると大人になってから何も成し遂げていないと思いました。子育てをするにあたって、『私自身が納得した道を歩まなくては』と考えるようになりました」
親である以上に、同性として、人として、娘の成長につながることは何だろうか。娘が明るく、輝かしい未来を描くためには、自分自身が精神的にも経済的にも自立しなければ―と思うようになった。
その頃、福祉施設で働く友人から「利用者たちが作る製品が売れない」という話を耳にした。販路が広がらなければ、定期購入が増えない課題があることを知った。
森井さんはデイケアでの光景を思い出しながら「それなら、私がネットで販売すればいいのでは」と思い立った。
「当時は働くといっても、私には外で働きながら子育てをすることは、すごくハードルが高いことでした。そこで、起業しようと思い、PIPPOを立ち上げました」
ホームページを一から手探りで制作。自ら福祉施設に連絡を取り、訪問しながらネット販売の営業をした。最初は5カ所ほどの施設が協力してくれた。
細々ネット販売を開始しながら、たまに商品が売れることがあると、とても喜んだ。商品は全部手作業で作るため、大量生産はできない。手作りの良さが分かる人や福祉に協力的な人から時々購入してもらうことで、PIPPOは地道に認知されていくようになった。
「私自身、良い物が売っているという情報を聞いても、子どもがいるとすぐに買いにはいけないし、行ったとしてものんびり見ていられない。ネットなら時間がある時にゆっくり選べるので、気軽さがあっていいのではと感じていました」
また、障害のある子の母親から連絡がくることもあった。親は皆、自分たちがいなくなった「親なきあと」の不安を抱えている。
「PIPPOでは、障害のある皆さんがどんな働きをしているのか、垣間見えるのもメリットです。学齢期の子のご家族は、卒業後の働くイメージを持てるみたいで、少し安心されます。私たちも、商品を買ってもらうこととは違う喜びを感じました」
森井さんはPIPPOを通して、福祉全体に深い関心を持てるようになった。今では休日になると、家族で福祉のイベントやスポーツ観戦に出かけるようになり、楽しい時間を過ごしている。
小学2年になった娘は障害者スポーツを応援していて、偏見なく自然といろいろな分野に目を向けている。母親の背中を見て、誰にでも手を差し伸べる優しい大人に成長していくことだろう。