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インタビュー

橋渡しインタビュー

口と足で描く画家たちの未来 松澤雅美さん

2024年3月7日

 今から60年以上前、生まれつき両腕のない、あるいは失った画家たちが集い、「自立」という志を掲げて絵を描き始めた。以来、現在に至るまでさまざまな作品が世に出ている。収入を得られるように販売を促進しているのが、「口と足で描く芸術家協会」(東京都新宿区)。代表の松澤雅美さん(66)に、画家たちの創作風景や啓発活動、日本にとどまらない世界各国での活躍ぶりについて聞いた。

 慈善から自立へ

 口と足で描く芸術家協会は1956年、リヒテンシュタイン公国で両腕のない当事者18人が集まって発足。日本では61年に東京で美術展を開催し、その後、さまざまな環境で制作してきた画家たちが所属するようになった。生まれつき両腕のない人や事故や病気で両腕を失った人たちが、過酷な運命に遭遇しながらも、絵を通して社会とつながっている。

写真①アイキャッチ兼用 梅宮さん
キャプ 梅宮俊明さん。自動車事故から自立の道を目指した
梅宮俊明さん。自動車事故から自立の道を目指した

 生涯をかけて絵に向き合う時間をつくり、数多くの作品を制作していく画家たちの姿勢は、真剣そのもの。慈善ではなく自立を目指し、自身の働きによって収入を得て、安定した暮らしをしたいという目標がある。

 誰でも希望すれば入れる組織ではない。絵に一定の興味や関心があること、また自立する可能性を見いだせることが条件だ。

 現在日本で登録している画家は20人ほど。その中で「会員」「準会員」「奨学生」に分かれている。協会が設けた基準で、会員は画家として一人前、準会員はあとひと踏ん張り、奨学生は描画の勉強中の段階だという。

絵を描くこと自体が初めての場合、協会から一定の奨学金を受けて、絵画教室などで絵を学ぶ環境が与えられる。全員が3年ごとの更新制。中には所属年数が30年以上の画家もいる。いったん協会を去ったものの、実力をつけて数年後に再チャレンジしてきた画家もいるそうだ。

写真② 作品 猫 キャプ 梅宮さんの作品「ミーちゃん 緑の瞳」
写真② 作品 猫 キャプ 梅宮さんの作品「ミーちゃん 緑の瞳」

口と足で描く芸術家協会は出版社であり、世界40カ国にある関連会社で作品をあらゆる商品に変えて販売している。

松澤さんは「協会は絵画そのものを販売するのではなく、作品を複製し様々なものにデザインして販売しています。日本では付箋や便箋など、思わず手に取ってしまう商品が人気です。逆に海外ではグリーティングカードやカレンダーで、一つの絵を大きく見せる商品が多く、国によって需要が異なります」と話す。

全体的にどれもカラフルな色合いで、季節感を大切にしている作品がとても多い。希望に満ちたものや優しい風景画、愛らしい動物など、見る人の心を温かくさせる力がある。

 
小学生からの素朴な質問

口と足で描く芸術家協会が力を入れているのは、地域の学校や企業での作品展や画家による講演会だ。

現在は小学校から声がかかり、画家自ら児童の前で自身の障害・病気や創作活動、作品への思いなどについて語る機会があるという。

写真③ 古小路さん
キャプ 古小路浩典さん。中学生の時に第4・第5頸椎(けいつい)を損傷。絵が生きがいとなった
古小路浩典さん。中学生の時に第4・第5頸椎(けいつい)を損傷。絵が生きがいとなった

 大人とは違って遠慮のない児童からの質問に、画家たちは笑顔で答えるそうだ。「今日はどうやって来たの?」「ご飯は何を食べるの?」と素朴な問いを投げかけられ、いつもと違う環境を楽しむのだという。

 「小学校に限らず、中学でも高校でもどこへでも行きます。少しでも人の目に触れて、生の作品を鑑賞してもらえれば、画家たちも励みになります。本人の声を直接聞き、良いものがたくさんあることを知ってもらえたらうれしいです」

みんな普通の人たち

 松澤さんが口と足で描く芸術家協会に関わり、出版社に入社したのは30年以上前のこと。初めの頃は画家たちとどう接したらいいのか分からず、恐る恐る近づいて様子をうかがっていたという。

 あるとき、食事会で隣同士に座る機会があった。お酒の出る席で、画家たちは陽気に楽しく、介助されながらおいしそうに料理とお酒を味わい、談笑していた。

 「みなさん、普通なんですよね。それまで私は『障害者はお酒を飲まない』とか、『健常者が普通にやることはできない』というイメージがどこかにありました。でも、会って話をして食事をすると心が通い、自分だけが気にしすぎていたことに気付きました」

 画家たちは手が使えないだけであり、代わりに誰かが手伝えばできることの可能性は一気に広がる。松澤さんの障害への意識は、この頃から変わっていったそうだ。

写真④ 作品動物 キャプ 古小路さんの作品「ブランコ」
写真④ 作品動物 キャプ 古小路さんの作品「ブランコ」

 今は絵の管理や物づくり、デザインの企画やデザイナーの手配などを中心に、一つでも多くの作品が世の中に出回ることを願っている。

 一時は、コロナ禍で画家の展覧会も講演会もできず、動きが取れない日々が続いた。今後はもっと積極的にアピールし、露出していく必要があると感じている。

 画家の年齢は上がっているが、最近では20代の若手も数人所属しており、新しい動きが見られるかもしれないという。時代は手描きからデジタルへと移りつつあるが、協会では現時点では全て手描き(口や足で描く)によって作品を完成させている。

 手がなければ絵が描けないというのは、健常者の固定観念だ。口や足で筆を支え、一筆一筆丁寧に描けば、誰かの喜びに必ず役立つことを、画家たちや松澤さんは信じている。

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