2024年5月12日
東京都東村山市の小松舞子さん(30)は、埼玉県のユニット型特別養護老人ホームで勤めている。小学生の時に授業で介護の世界を知り、高校生の時にホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)を取得した。卒業と同時に介護士として働き始めて12年。一方、趣味のイラストで地元の風景を描き、個展を開催。現場にも作品を飾り、見る人の気持ちを和ませている。
小松さんの絵は柔らかい色彩と、少女漫画風のタッチで描かれる。主に、東村山市の風景をテーマにしており、住宅街の一角にある公園や、地元の住民たちが日常で使う橋、隣の市に見えている観覧車など、普段うっかり見過ごしてしまいそうな風景に着目している。
2020年、コロナ禍で施設を取り巻く環境が変わった。今までのように入居者の家族が面会に来られなくなり、職員たちは感染対策を徹底しながら対応にあたった。入居者は一切、外に出られず、自由にレクリエーションに参加できなくなった。
小松さんは落ち込む入居者の様子を見ながら、季節の移り変わりも感じにくい環境で、ますます認知症や病気の悪化につながらないか気掛かりだった。
そこで、敬老の日に「おめでとうございます」とメッセージを書き、コスモスや赤とんぼの絵を添えて入居者に渡した。一目見た瞬間、女性の入居者が声を上げて喜んだ。
「『今は9月なのね、とてもうれしいわ。あなたは優しい絵を描くのね』と言われて、とても感動しました。私の絵で誰かの気持ちを穏やかにできていると感じました」
そこから、小松さんは四季折々の花などを描き、施設の玄関先に展示させてもらった。入居者は、絵を見れば季節を知ることができる。一緒に働く同僚たちにも好評で、自分の仕事のやりがいにもつながった。
「絵を描いて発表するようになってから、仕事のモチベーションも高まっています。SNSでコメントしてくださった方の声を聞いて、カレンダーを販売するなど、仕事と両立しながら制作を続けています」
東村山駅の市民交流スペースでも作品展を開催した。今年も絵を発表するのが目標だ。かなうのなら、職員と入居者にも見に来てもらえたらと思っている。
小松さんが介護職に興味を持ったのは、小学校の授業だった。クラスで月に1度、近所の老人ホームに行き、高齢者の話を聞いたり、書道や華道のレクに参加したりしていた。
子どもの頃は恥ずかしがりやで、人と話すことが得意ではなかったという。老人ホームに行くことも、初めは緊張していたが、だんだんと施設の高齢者と関係性を築けるようになった。「ありがとう」と握手を求められたり、笑顔で過ごす様子を見たりして、子ども心に温かい気持ちになった。
「大人になったら、高齢者のケアに携われる仕事をしようと決めたのは、その頃です。今でも朝から夜まで入居者さんに寄り添えるのがうれしい。人が好き、という気持ちが何より大事な仕事だと思っています」
高校卒業後から介護士として働き、夜勤もしながら日々の業務に取り組んだ。人間関係で悩み、つらい時は家でひとしきり泣いてから出勤することもあったが、憧れの先輩に出会うこともできた。一回り年齢が上の介護士で、丁寧な言葉遣いや一人一人の要望を聞く姿に、尊敬の念を抱いた。
「私も、あんな素敵な人になりたいと思いました。先輩のおかげで、今も言葉遣いや表情に気をつけるようにしています。それは入居者さんだけでなく、同僚の職員に対しても同じこと。感情をむき出しにせず、穏やかに接したいですね」
22歳で介護福祉士の資格を取得。周りから「ユニット型の施設が向いていそう」という声を素直に受け入れ、従来型の特養からユニット型の特養へ転職した。
ユニット型では自分が担当する階で、その階に暮らす入居者たちと密に関わり、食事・排泄(はいせつ)・入浴の介助を行っている。想像以上に入居者との距離が近いことに驚き、関わり方に戸惑うこともあったという。
「どこまで話を聞いて、要望に応えていいのか考えてしまうことがあります。部屋に冷蔵庫が欲しいとか、あのパンを買ってきてとか、ご家族に連絡していいものなのか…などなど。面白いこともたくさんありますが、困った時はユニットリーダーにすぐ相談しています。日頃から心にストレスをため込まないようにするのが、仕事を続けるコツかと思います」
現在は後輩を指導する立場になり、外国人の新人介護士を担当することもある。上手に教えられる自信はないが、できるだけ分かりやすく伝え、言葉が難しい時は得意の絵にして伝えているという。
仕事で失敗して落ち込んでも、家に帰って絵を描けば気分も上がる。自分にとって生きやすい環境をつくることで、仕事も絵も楽しんで続けられると、小松さんは優しい口調で語った。