2022年10月17日
地域密着型デイサービス「デイサービス琴平」(埼玉県所沢市)の代表、増川信行さんには、忘れられない女性の利用者がいる。
息子と二人暮らしのAさん。息子がトイレの世話まではできず、送迎で自宅に入ると決まってベッドが汚れていた。送迎車の車内にビニールシートを敷き、デイサービスまで乗せていくと、そのまま入浴介助へ。そんな毎日を繰り返し、2年前に亡くなった。
「Aさんには、いろんなことを教わったんですよ」と、増川さんは振り返る。
ある時、増川さんの運転で送迎していると、Aさんはこう言った。
「いつもたくさん迷惑を掛けて…。私なんて、死んじゃった方がいいわね」
思わず返す言葉に詰まった。その後も何度か同じようなことを言うので、増川さんは率直に思ったことを伝えた。
「Aさん、今は時代が良くなりましたね。女の人が車に乗って運転している、子どもまで携帯電話を持って、学校も進学したければできるようになった。こんなに幸せな国になれたのは、Aさんたちの世代が頑張ってくれたからですよ。ちょっとだけ、僕たちに恩返しさせてね」
Aさんは涙を流したという。
しばらくたった別の日、送迎ルートの桜並木の道を通った。満開の桜を見て、Aさんは「今年も桜が見られて良かった」と言った。
「今年も、の『も』がすごくうれしかったですね」と、増川さんは言う。生きる希望や望みが垣間見えた瞬間だった。
デイサービスの昼食は、元そば職人の増川さんが腕を振るう。
いつものように台所に立つと、隣の浴室から入浴介助をする若い介護士の声が聞こえた。普段から活発で元気な職員だが、介護職が本当に向いているかどうか、増川さんは気になっていたという。
若い介護士は、利用者に向かってこう言っていた。「ちょっとだけ、僕たちに恩返しさせてね」
この利用者も、Aさんと同じように弱気な発言をしていたといい、増川さんの事例を情報共有していた若い介護士が、同じように対応したのだった。
「思わず調理をしながら、泣いてしまいました。今では立派に成長し頼れる存在です」と、増川さん。利用者の言葉を一つ一つかみしめ、職員の成長ぶりに目を細める毎日を送っている。